前回、ビッグデータをフル活用したアプリとして、Mashup Award 10で最優秀賞を受賞した「無人IoTラジオ Requestone (リクエストーン)」や、「intempo」をご紹介しました。ビッグな音楽メタデータ「グレースノート」を活用して、演奏時間をはじめとする様々な条件、キーワードの合致等を見て選曲するところがミソでした。
メタデータ賞を受賞した「Steky Memory」は、クラウド上で写真を、自分の感動の言葉付きでアルバムとして管理できる点が「今日(こんにち)的」な特色の1つでした。これをもう1歩進めて、登録ユーザーみんなが投稿・記録ができて、自分自身の目標管理や進捗管理が可能なばかりか、友人・仲間と一部データを共有して互いに励みになる、というソーシャル要素を入れたアプリも受賞作の中にあります。
首都大学東京・渡邉研究室の作品群
Mashup Awardに実力勝負で殴り込みをかける大学の先生や大学院生は数少ないですが、その中で、首都大学東京・ネットワークデザイン研究科の渡邉英徳先生とその研究室は例年上位に入り、様々な賞を受賞されています。
前回記事では、一昨年のMA8で優秀賞(準優勝)に輝いた 「コトバノモリ」の感情解析応用ポイントなどをご紹介しました。制作者の原田さんは、今回のMA10ではご自身の体験を生かして、駅における妊産婦さんの声と一般ユーザーの声をマッチングさせる「Babeem」を作り、Geek Girls部門賞を受賞。全体ランキングの中でも FINAL進出の栄誉に輝きました。
渡邉先生自身も主力で加わった作品としては、コトバノモリの前年MA7に「東日本大震災アーカイブ」を出品して優秀賞を獲得(準優勝)。「マッシュアップ技術を活用することで、社会に対して何ができるのか提示した、これまでの Mashup Awards の金字塔的な作品」とまで高く評価されました。
MA8では「東日本大震災マスメディア・カバレッジ・マップ」で、震災直後にマスメディア報道が伝えた情報と,現実の被災状況や支援を必要としていた地域など,インターネット・ユーザーによってボトムアップで提供された情報を,デジタル・アース上に統合して可視化。その結果をもとに,非常時にマスメディアとオウンメディアを相補的に活用するためのシステムとインターフェイスのデザイン手法を提案されました。災害直後の混乱の中、マスメディアとソーシャルメディアを立体地図、航空写真上で統合してより適切な判断を支援するという、国民の命を守る社会的意義の大きなアプリだ、といえるでしょう。
これらの開発技法、ノウハウを広める意味で、共著で、書籍『Google Earthアプリケーション開発ガイド』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)も出しておられます。もう1冊、一般向けにデジタルアーカイブを紹介し、その意義を説いた本として『データを紡いで社会につなぐ デジタルアーカイブのつくり方』(講談社現代新書)があります。
渡邉研究室の様々な作品は、そのデータ作りに協力した地元の人をはじめ、様々な人々に使われ、時には研究室メンバーが積極的にインタビューに出向いたりして作品にフィードバックしているところが一味違います。作品と社会とのつながりに常に気を配り、ビッグデータやオープンデータを単に即物的に扱うのではなく、データの提供者、利用者にどう貢献し、引いてはより良い社会の実現にどう寄与するかを考えている様子、その背景が上記の新書本から伝わってきます。
公式気象情報の空白を埋める台風ウォッチアプリ
今年のMA10では、「台風リアルタイム・ウォッチャー」がCivic Tech部門賞(by Code for Japan)を受賞しました。Code for Japan Summitで行われたCivic Tech部門賞決勝で最優秀賞に選ばれた作品です。
公式情報としては、既に整理、構造化された国立情報学研究所の「デジタル台風:台風画像と台風情報」を用い、非公式情報としてはウェザーニューズの会員が提供する「減災リポート」を用いています。その名の通りの作品ですが、何よりパソコンで実際に使ってみることをお勧めいたします。概要紹介パネル原稿で概要を、GIGAZINEによる解説記事で使い方を、ハフィントン・ポスト記事にて制作者自身による解説、評価内容をご参照ください。
「減災リポート」のデータは、前々回の記事で解説した「東日本大震災マスメディア・カバレッジ・マップ」と同様、地面から鉛直方向に時間軸を設定し、時空間的なビジュアライゼーションを施しています。これによって、各地における災害の推移がわかります。
その一例として、沖縄の様子を以下に示します。下から上に向けて時間が経過しています。台風通過前後で、アイコンの色が「緑(災害に対する備え)」→「赤(強風被害)」→「青(水害)」と変化していることがわかります。
「TV、ネットの公式サイト(気象庁など)ではこう言っているが実際どれくらい酷くなりそうなんだろう? 一足先に暴風圏内に入った隣町の人は予想以上だったと言っているかなぁ?」などの疑問に、ビジュアルで一瞥できるように答えてくれる仕組みは、斬新といえるでしょう。Google Earthという立体地理情報ビッグデータの基盤の上に、分量が多すぎて人間が読み切れない非公式情報を公式情報と併せてマッシュアップしたことで、命が救われるということも出てくることでしょう。
首都大学東京の理事長は川淵三郎・日本サッカー協会会長(1964年東京五輪代表選手)です。2020年東京五輪に向けて、お膝元の大学としてますます社会的意義、インパクトの大きな斬新なビッグデータ活用アプリを作っていかれることと思います。
車の通行情報データの応用例:犯罪捜査支援や車内娯楽
災害ばかりでなく事故への対応や、犯罪の捜査支援にもビッグデータが活用できることを示してくれたマッシュアップ作品があります。MA10の「目撃車 by METY」 がその例です。
事件や事故(当て逃げなど)があった時、目撃者探しが急務ですよね。
目撃車サポーターに登録している車のオーナーは、いつ、どこを走っていたかを、目撃者捜しに協力するために提供しています(トヨタITC クルマ情報API利用)。目撃車とは、事件や事故があったその当時、その場所を走っていた車のオーナーをデータベースから検索し、電話やメールで目撃情報を問い合わせることができるサービスです。
ネガティブな事態からのリカバリだけでなく、楽しさを増す方向でクルマ情報APIを活用したアプリもありました。昨年のMA9の優秀賞作品「Quiz Drive」です。
みんなでドライブした時、渋滞などを自動検知して、アプリがクイズを出してきます。仲間でドライブする時の新たな楽しさを創造した作品といえます。間違った回答をした時の罰ゲームまで用意されている周到さ。ビッグデータの1つといえるカーナビ相当の情報に大きく頼りつつ、場所情報(緯度と経度)だけで決まるのではない点など飽きが来ず、実際に使い続けていってほしいという実用化への思いが感じられました。動画もご覧ください。
公式動画:こちら
利用シーンの実写動画:こちら
交通関係で実用化志向のアプリといえば、同じくMA9で優秀賞とCivic Hack賞を受賞したスマホアプリ「バスをさがす福岡」(画像はこちら)に言及しないわけにはいきません。
バス交通が非常に発達した福岡では、あまりの路線の充実のため、最適な解を選ぶのが難しかった。そこへ、最新の渋滞情報も含めてどのバスに乗ればいいか、乗ったら何時に着くかなどをマッシュアップ。
「バスをさがす 福岡」は、今から乗るバスを知りたい時、出発地点と目的地のバス停を指定することで「どの路線番号のバスに乗ればいいか」「目的地に何時に着くのか」「運賃はいくらか」「待っているバスは、今どの辺りか」「バスがどのバス停に止まるのか」を素早く確認することができます。
この動画の開発者の言葉から、利用者の不安を取り除くことを徹底的に追求したことが伝わってきます。開発の経緯を聞くと、オープンデータはどうあるべきか(更新頻度)などの問題意識も伝わってきます。
このマッシュアップ・アプリがいかに実用的だと評価されたか。何よりの証明は、今からちょうど1年前のこのプレスリリース「『バスをさがす 福岡』が生まれ変わって、『にしてつバスナビ』へ!」にとどめを刺すでしょう。
元々、超小さくて若い会社であるからくりものが「勝手に」開発・リリースしたアプリでしたが、西鉄公式アプリのベースとして採用されたという経緯は非常に珍しく、地元福岡でも驚きを持って迎えられました。
最初に西鉄へご挨拶に伺った際、まるで職員室に向かう学生のように「あー絶対怒られる」と思っていた我々を暖かく迎えていただき、まさかの公式化へ導いてくださった西鉄自動車事業本部や西鉄情報システムの皆様、また、出会いのチャンスを設けていただいた皆様にも大変感謝しております!
Mashup Awardへの出品作品の多くがアイデア先行だったり、実用というにはデータ量も機能の整理もまだまだで、早期プロトタイプとしか言いようのない作品が主流です。そんな中、商用サービスにほぼそのまま採用された稀有な例として、歴史に残ることと思います。
みんなで記録するライフログも集まればビッグデータ
健康管理やダイエット系のアプリで、自分の食べたものや運動の記録、そして、体重をはじめとする健康情報を入力すると、グラフや助言、励ましの声が得られるようなサービスが人気を集めています。たとえば「あすけん」はよくある発想としてソーシャル化し、各人がOKした範囲の情報がほかの会員に公開され、参考に供されたりしています。もちろん、大人数の大量の生データを解析して、助言が有効だったか等、フィードバックしてシステムを日々改良していることと思われます。
MA9 の優秀作品の中でこのタイプの代表格として目を引いたのが「毎朝体操」です。コンテンツとして、「スマホを持ってラジオ体操」してもらい、それを採点し、視覚化するというなかなかユニークな発想をした点だけでも高評価に値すると思いますが、加えて実にきめ細かな作りこみに感心させられます。
自ら体操して使い込んで改良するとともに、多数のユーザーの声を聞いて改善してきた痕跡が随所に認められます。体操着で発表を行い、最後に「やりますよね!?」といって会場全体を巻き込んでラジオ体操させたプレゼンの手腕も見事でした。
この「毎朝体操」が蓄積したデータを解析すると、いったいどんな分析結果が得られるのでしょうか。運動しているのにちっとも痩せないとこぼす人が実はカロリー消費の少ないサボった動きをしていることが順当に判明するのか、あるいは逆に意外な方法で楽に短時間体操するだけでダイエットできるコツを示唆してくれるようになるのか。まずは、楽しさと、ついついやってしまう“習慣性”を備えたアプリの開発に期待しましょう。測定が先か、効果が先かの問題はマネタイズに苦労するベンチャーに任せて、と一般ユーザーは気楽に構えていても良いのかもしれません。