某外食情報サイトの方から、「野村さん、うちのサイトの検索窓に一番多く投入される単語が何か分かりますか?」と聞かれたことがあります。
野村:「さぁ、何でしょう。飲み会の幹事さんが、仲間とリーズナブルにおいしく楽しめる場を見つけようというのですから、まずは場所と、個室があるか、禁煙か、逆に喫煙可か、みたいな条件ですかね。場所の指定なら、鉄道の駅くらいの粒度で指定しそうだから、一番乗降客が多くて飲み屋も多い“新宿” あたりが最多の検索キーワードでしょうか」
検索サイト担当者:「それが何と、“ビール”なんですよ! 全検索キーワードの20%超を占めることもあります」
野村:「えぇ!? そんな無意味な! 絞り込もうという目的意識で、検索の途中結果を眺めつつ条件を次第に増やし、候補を減らそうとしてシステムと対話するのが普通のユーザーではないんですか?」
検索サイト担当者:「いやぁ、普通の人は、そんなに合理的に理路整然と考えてネットを使うわけじゃないみたいですよ。いま、欲しいな、いいな、と思ったら、何となく頭に浮かんだ短い言葉を入れる、という人の方が多いみたいです」
宴会場を選ぶその時、何となく頭に連想され、浮かんできたもの(例えば“ビール”)をそのまま検索ワードにする人が多い。この示唆を得た時の新鮮な驚きと衝撃は今でも鮮明に覚えています。IT屋がトップダウンに考えたモデルを、コンシューマー向けサービスに押し付けてはいけない、と悟った瞬間でもありました。
データの母集団がどうなっているか分からない状況で、自分の狙いを他からどう差別化するか論理的に考え、その場で対話的に獲得した諸条件を総合的に最適に満たすために、中間結果を目視しながら最短距離で、効率よく絞り込む。そしてその結果と理由=「なぜ良い店であるか」を1ダースくらいの条件で表現するなどして同僚に説明し、判断を正当化する。このようなユーザーは「少数派」である、という前提でサービスは作らないと、そのサービス事業者は倒産してしまうことでしょう。
とはいえ、検索試行を繰り返してみないとそもそもどんなデータ(上の例ではお店の種類、候補)があるのかも分からない、などの事情は変わりません。なので対話は必要です。もしかすると対話の味付けとして、システムがより賢く、ご主人様の意図や好み、制約条件を推察しながら、魅力的な候補を(時にはスポンサーの意向を反映して恣意的に)提示していく、といったチューニングがコンシューマー向けには求められているのかもしれません。いわば、同じ対話でもユーザー主導というより、ユーザーはより受け身で楽ちんできるようにシステムが饒舌、お喋りであるべきと言えますね。
居酒屋選びでネットの検索窓に「ビール」と入れる人は、おそらく自分の理想の検索結果や、具体的な条件を描く前に検索サイトに来てしまったのではないのでしょうか。ゴール不在の検索。それが主流であるならば、最初から明確な目的、具体的な条件が定まった状態で、検索、絞り込みをするというより、検索の試行をしながらそれらを明確化していくのが一般ユーザーと言えるかもしれません。
実際に「どのイベントのことか」が曖昧
前回の末尾に、
“「口パク」や「東京五輪」などの例を手掛かりに、単語切り出しの曖昧さも、同綴り異語の問題も、単語の多義性の問題もクリアしているにも関わらず、実際にどのイベントに言及しているかの曖昧性のせいで、データ収集にノイズが入る問題を取り上げます”
と書きました。
例えば企業の商品プロモーション、キャンペーン等の際に、特定のイベントについてのネガポジ比率(ネガティブ=否定的な意見と、ポジティブ=肯定的な意見の比率)の推移を見たい、というニーズは切実なものです(実際にネガポジ比率を自動的に判定するソフトには、例えばこれがあります)。
その際、対象となる膨大なクチコミのデータに対して投入する絞り込みキーワードによって、実は違うイベントに言及したクチコミが検索結果に多数混入してしまうと、キャンペーン等の効果測定の精度がガタ落ちになってしまいます。
まず「東京五輪」というワードを取り上げましょう。「東京五輪」なら言及対象は一つに決まるのでは?という質問がありました。答は否、ノーですね。首都大学東京、渡邉英徳研究室の「東京オリンピック1964アーカイブ」も堂々ヒットしますし、温故知新で前回の例と比べる議論、そしてメインスタジアム建設の話題から現在の国立競技場を取り壊すなという議論など、1964年の東京五輪が主役の記事も多数あります。さらに、第二次大戦のためにキャンセルされた「幻の東京五輪1940」もあります。
調査・分析対象のトピックを分類し、絞り込むのに、対象のイベント自体が雑然と混ざってしまってはまずいので、5W1H解析なども併用して、詳細な分析の前にデータを腑分けしておく必要があるでしょう。
さて、「口パク」といえば、国内外で有名人が生出演、生演奏を装いながら実際にはコンディションの厳しいライブの現場では歌わずに録音を再生したり、極端な例では第三者に歌わせる(NHKの朝ドラ「あまちゃん」では、“シャドウ”と呼ばれていましたね)など、非難され、騒がれる事件が繰り返し起きています。
「口パク」についての消費者の本音に目を通し、そのタイプごとの比率を知ることは、広報・マーケティング担当にとって極めて重要と考えます。イベント主催者側の過剰演出的なものを消費者がどの程度許容してくれるか、その境界線を具体的に知るヒントが得られるからです。そのためのテキスト・ビッグデータの情報源としてはやはり、辛辣な本音がさくっと書かれるツイッターが現状ではベストのように思われます。
「口パク」に関連する事件、イベントが複数あるので、その記事の文脈をよく解読しないと、単に「口パク」といっても、どの「口パク」のことを言っているのか噛み合わず、そそっかしい人は誤解してしまうこともあるでしょう。
「口パク」と一緒に、検索エンジンに投入されるキーワードの上位10件の表示を見ただけで、皆さん、特定のイベントに言及した「口パク」に絞ろうとしている努力が一目瞭然です。
口パクに関連する検索キーワード
perfume口パク akb 口パク
山下智久口パク 口パク 歌手
akb48 口パク 嵐 コンサート 口パク
山p 口パク ももクロ 口パク
mステ 口パク 少女時代 口パク
私は、これらのイベントのほとんどを知りませんでした。上記だけでは検索ノイズの除去にはまだまだ不十分であると考えられます。そんな時は、「口パク」1語で上位にランクされた中から「まとめサイト」を見つけ、そこを開いてみると良いでしょう。今回、邦楽限定ながら、「口パクで歌っているなと思う歌手は誰?(日本人・外国人含む)」というサイトがヒットしたので開けてみると、6ページにわたって、数十人以上の名前が出てきました。これにより、特定のイベントや、自社所属のタレントに絞った評判分析などもできるようになります。
記憶では、五輪の開会式や閉会式で「口パク」が世界的な大騒ぎになった事件がいくつかありました。これらについてはご興味に応じて調べていただくとして、ツイッター検索からの外し方です。例えば「口パク -ジャニーズ -アナ雪 -アナと雪(“-”は半角マイナス記号)」と、ツイッター検索窓に入力してEnterキーを押してみてください。単に、「口パク」とだけ入れた時とは、ガラリと変わった結果が出てきます。
「やらせ」的要素をいかにさじ加減するか
上例の「口パク -ジャニーズ -アナ雪 -アナと雪」 の延長で(文字通り、検索式を「延ばし」ます)、最近多い具体的な出来事、特定の歌手、グループや流行りの動画を少しずつ外して検索してみてください。一般消費者が、イベント主催者、マーケティング情報提供者側のいわゆる「やらせ」的なものに、どんな感情、リアクション、許容度をもっているのかに関する、重要な生の声を多数拾うことができるでしょう。
一歩踏み込んだ本音の企画を試みる際に、それが意図的な「炎上マーケティング」でない限り(いや「炎上マーケティング」なら、なおさらその制御のために)、少しは混入する「やらせ」的な要素のさじ加減を具体的にどう調整したら良いか、貴重な洞察を得ることができると思います。
「データと対話」、まだまだ続きます。