米グーグル、米フェイスブック、米ツイッターなど大手ネット企業が、大規模なユーザー作成コンテンツを構造化して利便性を高めたビッグデータ活用を奨励し、特にAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)の形で公開することにより、企業や団体の広義のマーケティング活動を変革してきた事例を紹介してまいりました。
大量の構造化データは、一種の「知識」として様々な入力情報に多彩な加工(いわゆる有用情報の抽出、発見、集約などを含む)を施して出力させるのに役立ちます。この情報加工・生産を行う「知識」の役割モデルについては、以前の記事『ビッグデータが変えた「知識よりもデータが偉い」?』に簡潔に図解させていただきましたのでご参照ください。
半導体事業に代わるIBMの柱は「ツイッター分析」!
今月見聞したビジネス関係の記事で最も感慨深かったのが、日経コンピュータ・浅川直輝記者によるこの記事です。『60年続けてきた半導体製造を手放すIBM、「Watson」に社運を賭ける』
単に米IBMが米ツイッター社と提携した、というニュースリリースととらえた向きもあったようですが、その実態は、IBMの主力事業の1つの転換でした。
人工知能的なビッグデータ解析、特に膨大な非構造情報の代表格であるツイッターのテキスト情報を解析して、経営指針を左右する発見や仮説の検証を行い、生データ分析に基づくコンサルティングサービスを行う。これは、弊社・メタデータ株式会社がやっていることとあまり変わりません!
メタデータ社のような零細ハイテクベンチャーはもちろん、つい最近上場承認されたデータセクションさん(橋本大也さん、澤博史さん、おめでとうございます!)、一足早く上場されたホットリンクさんのように、売り上げが数億〜10億円規模の会社であっても、一般ビジネスマンの方々の感想は「なるほど新産業の芽生えなのかもしれませんね。しばらくはニッチの新規ビジネスでしょうが」というものにとどまりそうです。
しかし、かつて「産業のコメ」とまで言われた半導体事業に取って代わり、次世代の高収益事業であるビジネス・コンサルティングに軸足をシフトしたIBMが中核事業に位置付けた、というニュースは、ビジネスマンの方々にとっても驚嘆に値するのではないでしょうか。上記リンク先記事1ページ目の下記引用と、3領域の重なりを示すベン図をご覧ください:
“さらに注目すべきは、ツイッターとの提携が、IBMが注力領域とする「データ」「クラウド」「エンゲージメント(モバイル+ソーシャル)」といった3領域すべてに関わる案件という点”
本記事2ページ目の『無償版も提供、分析サービス利用者のすそ野を広げる』などは、零細ベンチャーとして脅威に感じる面もなくはないですが、それ以上にあのIBMが本腰を据えて主力事業と位置付けたくらい、まさに広大な潜在市場であることが世界に広く周知されたことはありがたいです。この連載が一貫して唱えている、「生データ(事実)に基づく俊敏な経営を目指して、より高度な分析、判断に注力すべし」と同じことを巨大な広報力で発信してくれて、多くの企業経営者のマインドが一斉に切り替わってくれることが期待されるからです。
IBM自身の行く末が本当にこの舵切りにかかっている、とIT proの中村編集長も語っています。『IBMを変えるのは、Watsonかイェッター氏か』
半導体事業売却の概要と、PCサーバー事業をLenovo社に売却など1月の発表についてはこちらの記事『IBM、赤字の半導体事業を15億ドル支払ってGLOBALFOUNDRIESに譲渡』にあります。やはり不退転の決意であることが伝わってきます。
クリックなしのネットショッピングをロボットが実現
いくらIBMといえども、B2Bすなわち企業向けのビジネスですから、一般消費者として、ビッグデータの分析、活用が浸透してくるのかは水面下、背後の動きであり、いまひとつピンとこないかもしれません。
一方これが、以前『ソーシャル・マシンの主役=アバター、対話ロボット』にてご紹介した、ウェブページ上の対話ロボット (上の図)だったり、ソフトバンクさんの感情ロボットPepperとなると、俄然幅広く、個人の興味をかきたててくれます。
Pepperは少なくとも当面は店頭設置からお目見えするようですが、米アマゾンのEchoちゃんは、199ドル(お急ぎ便プライム会員なら99ドル)でいきなり家庭の中に入ってきます。実体は小さな黒い茶筒。時間や天気のことを聞いたら答えてくれるし、エベレストの標高を答えてくれたり、「(この音楽)ちょっとストップ!」などと言いながら対話的に好きなBGMを選んでリビングルームに流すのに付き合ってもくれます。もちろんアマゾンですからお買い物を指示することもできます。ギフトラッピングの指定等も受け付けてくれて、後は商品の到着を待つばかり。具体的な利用イメージ、機能の概要については、このリンク先記事の埋め込み動画をご覧ください。
クイズ番組「ジョパディ」でクイズ王を破った初代ワトソンコンピュータは、インターネットにつながっていませんでした(リンク先記事)。しかしアマゾンのEchoは、動画中の子供が「全知全能みたい!」と驚愕しているように、インターネットにつながって、百科事典的な知識(構造化されたビッグデータの一種です!)を駆使して回答します。クラウド化された “頭脳” の大きな利点の1つに「常時最新の情報、知識にアップデートしつつリアルタイムで状況を教えてくれる」というのがあります。DVDカーナビがクラウドカーナビに到底かなわない(リンク先記事)のも、このメリットのためです。
リアルタイムの「自動通訳電話」がついに実現へ
私が社会人になった1980年代に、NECの中興の祖、小林宏治会長が C&C (Computer & Communication) の象徴として必ず実現する、と宣言したプロダクトが自動通訳電話でした。私自身も音声認識、機械翻訳、音声合成の3つの要素技術を集約したC&C情報研究所メディアテクノロジ研究部の研究員として機械翻訳部分を担当していました。
バブル経済の破綻や、ニューラルネット計算量爆発の破綻(後者はまだ未解決ですのでディープ・ラーニングには要注意!)などにより、いわゆるAIブームが終焉を迎える少し前から統計的手法、すなわち大量の生データに基づく音声処理、自然言語処理の研究が発展し始めました。
人間の頭で考えて編集された膨大な文法、訳し分けノウハウを集積したルールベース機械翻訳などに取って代わり、あるいは補完する形で「なぜか分からないけどこう表現される」というレベルの膨大な言語知識が(半)自動学習された“事例ベース機械翻訳”として次々と実用化されていきました。まさに、ビッグデータ活用の音声処理、言語処理です。
私の古い知人、米国の友人で、IBMやマイクロソフトに勤めた技術者の中には元言語学者もいます。言語学者の大半はノーム・チョムスキーの提唱した普遍文法の流れを汲んで、極めて抽象度の高い研究、すなわち英語、日本語のみならず数千のすべての言語に共通する少数の基本原理と、その差異を生み出すパラメータを探求する理論科学に従事しており、上記1980年代の人工知能研究時代のルールベース、知識処理以上に紙と鉛筆、頭脳だけで勝負しているところがありました。
しかし、その元言語学者がIBMやマイクロソフトにて大量の実例、すなわちビッグデータ活用の自然言語処理に転向したおかげで、翻訳精度は目に見えて向上し始めました。その到達点の1つとして、米マイクロソフトのスカイプがリアルタイム自動通訳機能を提供開始、というニュースが最近流れました。『MicrosoftがSkypeで自動通訳のテスト開始へ―Live Translator、登録受付中』
YouTubeのリアルタイム音声認識、自動翻訳字幕に馴染んでこられた方も、もし自動通訳電話が使えるようになったら世界の見知らぬ人と会話してみたいと思い、新しい世界が開けるかもしれません。私自身、英語・日本語間では使おうとは思いませんが、スワヒリ語やタガログ語しか話せない人からその場で何か情報を引き出しなさい、と言われたら、リアルタイム自動通訳に頼るしかないでしょう。このような機能が必要不可欠になる時代の到来をこの目で見られるよう、また、それに貢献できるよう、引き続き、楽しく精進してまいりたいと思います。