2015年08月05日

2045年、人工知能は人間を追い越す?

Dr.ノムランのビッグデータ活用のサイエンス」連載(初出:日経ビジネスOnline)の18回目です。


「2045年、人工知能は人間を追い越す?」

人工知能ブーム再燃の真実(その3)


 今回は、人工知能の進化をめぐる楽観論と悲観論について取り上げてみたいと思います。

 技術的な楽観が、人類にとっての悲観となることがあります。人工知能が人間の知能を追い越して進化するという設定で映画「ターミネーター」では未来世界で機械が人類を抹殺しようとしていました。また、最近の映画「トランセンデンス」では、アップロードされた人格が機械やITインフラを駆使して人間を支配しようとする。つまり、技術的には楽観的になることで人類にとって悲観的な未来を描く向きもあります。天才物理学者のホーキング博士まで、最近、そんな発言をしています。

 もっとも、実際に人工知能の研究開発や応用で苦労してきて、現場の最前線の技術を具体的に知悉している人はどちらかというと正反対の見方、すなわち、人間の素晴らしい能力はそんなに簡単には超えられないから心配には及ばない、と考えてきた人が多いように思います。

 ところが、20年近い沈黙を破って、人工知能研究者自身が超楽観的なストーリーとして、2045年に人工知能の知の総体が人類のそれを追い越し、自らを進化させ、超知能となっていく、といった発言が見られるようになってきました(例えば松尾豊氏の「シンギュラリティを超えないと言うのは、もはや難しいだろう」)。

 これは、検証不能の疑似科学かもしれません。しかし前回の人工知能ブームでも、「10年後の1998年には、人間と同じやり方で自ら学べる機械が出現する」などの予言が一部の書籍に見られたことを思い起こすと、人工知能の「ブーム」が本格化しつつあることの1つの証拠なのかもしれません。

シンギュラリティ問題:2045年に人工知能が人間を追い越す?

 情報処理学会の会員向け月刊誌「情報処理」2015年新年号の特集は、「人類とICTの未来:シンギュラリティまで30年?」というものでした。古くは、シュワルツェネッガー主演の映画「ターミネーター」で想定されたように、人工知能が何らかの本当の学習能力をいったん備えてしまえば、急速に自己進化を遂げてあっという間に人間の知能を超え、独自の(非)倫理観をもって、邪魔で非効率な人類の排除に乗り出すという臨界点も「シンギュラリティ」の1つのあり方です。

 一般には「特異点」ということで、人工知能の進化で何らかの後戻りできないポイントを通過すること。人間がコンピュータに教え込む知識量以上の知識をコンピュータが自ら獲得できるまでに学習能力が高まり、勝手に知識ベースを増大させられるようになることを指すでしょう。おそらくその次の段階で、知識の獲得、創造の仕方自体を自ら改善し進化させてしまうことが想定できますが、世間でのシンギュラリティ談義では、そのあたりが混同されているようにも見えます。

 この2つの特異点は区別したいです。ただ、実際に、コンピュータが本当に自ら知識を獲得したというのはどういうプロセス、状態なのか定義、判定するのは難しいでしょう。現在のGoogleさんの検索エンジンは、精度向上の仕事の相当部分が自動化されているはずですが、研究者が考案したアルゴリズム(計算手順)とデータ構造に基本的には依存しており、研究者のセンスを超えて気の利いた手法をコンピュータが勝手に「考え」たりはしていないはず。でも、その延長で、いつどのように「あれ、適合型の意味構造認識のアルゴリズム入れたけど、自分(研究者)の想定以上に賢くふるまっている」と判定できるのか、判断が難しいと思われるからです。

 2つ目の「(知識獲得・創造の仕組み自体を改変して)自らを進化させる」という特異点に至っては、お手本たるべき地球上の生物でさえ、自らの意思で自らを改造してきたわけではないので、さらに大きな疑問符が付きます。生物進化については、ダーウィンの自然淘汰説が主流なわけですから「機械が自らの意思で進化してしまうのはおかしいのではないか。少なくとも『強いAI』の立場で、とことん生物、人間をお手本に機械が進化する限りは」という説もあります。

 いずれにせよ、現時点で反証可能な仮説とは言い難く、個人的には、熱気とブームは認めますが、量子コンピュータや量子情報科学、そしてディープラーニングという名の古くからある多層ニューラルネットの原理や能力の解明がもっと進まないと、科学的な議論とならないように感じています。

SFとの境界線が消えた欧米のAIビッグプロジェクト

 「情報処理」2015年新年号では、さらに詳細に、シンギュラリティの肯定派、懐疑派(SF作家など)による詳細な議論のまとめと各国のプロジェクトなどが紹介されていますので、ご興味の向きは是非ご参照ください。京大の物理学博士(1970年)で神戸大学名誉教授の松田卓也さんによる「来たるべきシンギュラリティと超知能の驚異と脅威」には、様々な「超知能の作り方」が紹介されています。

  • 生物学的超人類:「高い知能を持つ男女を掛け合わせて…」あるいは遺伝子工学で
  • 知能増強:脳にチップを埋め込んだり赤血球大のコンピュータを脳内血管に常駐
  • 集合知能:「みんなの意見は案外(なぜか)正しい」の延長
  • 人工脳による集合知能:脳だけの人間を作り出して結合
  • 全脳エミュレーション:死んだ人の脳をガラス化して薄くスライスし、ニューロンとシナプスの3Dマップを作って機械上に再現してスイッチを入れたら故人の精神・魂が蘇るのではないかという研究プロジェクト。問題は、死の直前の、惚けた脳のコピーになること。
  • マインドアップローディング:よりソフトウエア的に、生きている人の意識からあらゆる脳内記憶、脳の活動をコンピュータに転送し、人を肉体から解放。
  • 機械人工知能:コンピュータでヒトの脳の働きをシミュレートする、古典的な、強いAIが目指してきた方向。現在のノイマン型コンピュータを前提とするEUのヒューマン・ブレインプロジェクトや、全く違うニューロモルフィックチップを開発して、従来型コンピュータの苦手な感性や感覚を担当させる。IBMがDARPA(米国防高等研究計画局)の協力下で遂行中のシナプス計画の手法。

 いかがでしょうか? SFと紙一重というか、SF的な予言、目標が10年後には実現しかねないくらい境界があいまいになってきている印象を受けないでしょうか? 

 EUのヒューマンブレイン計画は、2013年からの10年で12億ユーロほどの予算を90の研究機関に投じて脳を解明しようというものです。10万個のニューロンからなる新皮質コラム中で起こる現象を化学反応のあり方までコピーしてシミュレートするという、ブルーブレイン計画(2005年〜)は既に成功し、ネズミの知能は実現済といいます。その延長で、ネコの知能、サルの知能をクリアし、2023年頃に人間程度の知能を実現するとしているとのこと。いわゆる論理的思考だけでなく感情、感覚、そして、いまひとつ正体が分からない意識や自我まで、勝手に出現するだろうと当事者は予測します。

 この他の様々なプロジェクトが紹介された後、超知能は核兵器同然のものであり、人類を滅ぼすのでは、という心配が指摘されます。民間企業に任せていては倫理基準が働かないので、先のホーキング博士の心配が正夢になってしまうのではないか、しかし超知能の開発はかつての核軍拡競争に取って代わり、世界覇権を狙う各国がしのぎを削っているので誰にも止められないだろう、と。

 最後に、豪州出身のAI研究者 Hugo de Garisが、今世紀後半に、人類の知能の1兆倍の1兆倍の知能をもつ機械“Artilect”(超知性)ができると主張した話題が取り上げられます。de Garisは、圧倒的に愚鈍で足手まといの人類はその時点で滅ぼされると主張します。だから、そのような機械を作って良いかどうか賛成派と反対派が武力衝突を起こして超知性戦争という名の世界大戦が起き、どちらが勝つか分からない。さらに、“Artilect”(超知性)が誕生して人類が滅亡した後は、“Artilect”(超知性)が真空の揺らぎから新しい宇宙を作り出し、その中でまた100億年後くらいに人類のような知的生命体を生み出す、と。

 つまり、神が人間のような知的生命体を作ったのではなく、それは逆で、何らかの知的生命体が神(のような機械)を作り出し、その神(のような機械)が今の宇宙を作ったのではないか、と主張しているようです。半世紀後にも新しい神を人類が作り出して、その神に滅ぼされる。ここまでいくと、誇大妄想狂と言われても仕方なさそうです。

温故知新で30年後を予想

 ここで、中年以上の方には今や古典となったロバート・ゼメキス監督の映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年)を思い出していただきたいと思います。

 「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」で舞台となった30年後の未来とはいつか? そう今年、2015年です。当時の予測、空飛ぶ自動車、空飛ぶスケートボード、しゃべる服(あれは当時から自然な音声合成を実現していたDEC Talkという発声エンジンを使って撮影されました)などは実現していません。必要もなかったからと言えるでしょうか。様々な本人認証システムなどは、銀行ATMでの掌紋認証や、網膜パターン認識による制限エリアへの入場許可、そしてノートPCに当たり前に指紋認証が付いてきたなど、より着実に幅広く浸透したといえるので、見事に予測が的中した、と言ってもいいでしょう。

 1985年当時は考えられもしなかった機器やサービスが現実世界に出現した例もあります。スマホアプリがクラウドと連携して便利なサービスを利用できる状況はごく当たり前になり、中高生達は、ごく最近出現したLINEのサービスがなければ生活が成り立たないくらいにさえなっています。

 とはいえ、たったの30年間ではこの程度の進化だったか、という印象が強いのではないでしょうか?

 シンギュラリティ論者は、2045年までの30年はこれまでと違ったすさまじい勢いで進化が加速するのだと言うでしょう。ただしそれには、1960年代から知られていたニューラルネットという手法が、1980年代に3層が実験されて数10の要素で表現できるモデルの学習は何とか実用化し、計算量がより多く結果も発散しそうと敬遠された多層ニューラルネット(実際には計算量が減る例もあることが最近示されたことを知って私はディープラーニングに肯定的に転じました)によるパターン認識や自動分類の精度向上という半世紀にわたる地道な進化の歴史を振り返ると、ブームやニーズに火がついて加速するとしても、シンギュラリティ論者の主張する進化の加速はにわかには信じがたいものがあります。

 思い出すのは、大変僭越ながら米MITの元“同僚”で、1993〜94年当時、よく音楽や自然言語の謎について議論した人工知能の父マービン・ミンスキーの名著『心の社会』です。これは同じ認知科学の巨人で現代言語学の父ノーム・チョムスキーに言わせれば反証可能性がなく、科学の産物ではない、とされましたが、重要な示唆に富んでいたと私は評価いたしました。『心の社会』出版記念シンポジウムに相当する「ミンスキー・シンポジウム」がマサチューセッツ州ケンブリッジ市のMITキャンパス内Cresgi Auditoriumで開催された際、彼のスピーチで鮮明に覚えているくだりがあります。

 「類人猿から決別して現生人類へ向けて確実な進化が始まった400万年前から、1万年に1種類ずつくらい、全く新しい、認知、理解、様々な知識、判断、行動の意思決定など(感情は猫にもあるのでもっと古いだろう)を司る新しいアーキテクチャ、脳内のサブ・システムの情報処理の仕組み、ハードウエアやソフトウエアの構造が誕生し、時に不整合なまま追加されていったのではないだろうか? 」

 自然言語の誕生は4万年ほど前と言われます。それ以後に4種類。400万年で、400種類もの異なる仕組みがヒトの脳に付け加わって、うまく機能した系統だけが生き残ってきたとするならば、多層とはいえ、単純で画一的な神経回路網上の結合度が教師データで変化するだけのニューラルネットですべての脳機能が表現できる、とする論法には無理があるように感じます。もちろん、違う仕組みのコンピュータ上で同じ機能が再現できる可能性は否定しきれないですが、その効率、実現可能性は必ずしも高いとはいえないと思います。

 というわけで、今後10年、20年、30年で、人工知能の匂いのする知的なソフトウエアやロボットは着実に普及するものの、2045年に機械の知性が人類を追い越すという第一のシンギュラリティは訪れないだろう、という予測に私は賭けます。生きていれば83歳ですので、掛け金を払うかもらうか、いずれにせよ、結果を確認できる確率は五分五分くらいかなと思いつつ(祖父が99歳、父が68歳に亡くなっているので自分はちょうど中間の83.5歳まで生きるつもりでいます)、楽しみにしています。

 そういえば、治療型のナノボットなど、医学の進歩によって、2045年の平均寿命が100歳になるという主張もあるようですね。その時点で生まれる赤ん坊についてのことであり、現在の国際紛争、テロや貧困が撲滅されていれば有り得ないことではない、というくらいに期待したいと思います。

posted by メタデータ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | semantic
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