ラスト2回となりました。そこで、ビッグデータの活用と、そのための人工知能と人間の頭脳の役割分担などについて、徒然なるままに綴ってまいりたいと思います。
IoT機器にもっともっとビッグデータを生成させよう
4月下旬、東京ミッドタウンで開催された日経ビッグデータカンファレンスで、国立情報学研究所長の喜連川優教授が最近のビッグデータ関連の研究成果、動向について基調講演をされました。彼は経産省系の情報大公開プロジェクトのリーダーとして、また文科省の「情報爆発時代に向けた新しいIT(情報技術)基盤技術の研究」において、一貫して「情報爆発という一大事に対抗する技術の開発をすべし」との危機感を前提に実用技術の開発を主導してこられた印象があります。
途中でどんなに、Googleはじめ米国の巨大ベンチャーにうっちゃりをかけられようが不屈の精神で立ち直って、日本独自の強みを見出し、育てるべく、いったんボロボロになっても何度でも立ち直る。そのために、海外動向についても張り詰めた緊張感で、本質的な変化を鋭いアンテナでとらえる。内外から見て優勢とはいえない日本のIT、ICTを活性化する、リーダーの鑑のような存在、というイメージでした。
それが、日経ビッグデータカンファレンス2015 Springでは、うってかわって、IoT(Internet of Things)を楽しみ、IoTデバイスにもっともっと大量のデータを生成させて、「情報爆発に拍車をかけろ!」と高らかに宣言したかに聞こえました。何だか、歌って踊れる明るいビッグデータの時代が来たみたいに感じた人もいることでしょう。
個人的には、この豹変は大歓迎、大好きです。ビッグデータを始末に負えない難物として危機感を煽ったり、人々の仕事がなくなる、の類の悲観論を唱えるよりも「踊る阿呆に、見る阿呆。同じ阿呆なりゃ踊らにゃ損、損」の阿波踊りの精神で、自ら楽しんでいろいろやってみたほうが良いでしょう。ビッグデータの産業構造へのインパクト、ビジネス応用といえども、ユーモアのセンスさえ漂う、ノリノリの楽しそうな実験プロジェクトをどんどん起こし、その成果を宣伝したら良い。ビッグデータ、生情報、事実に基づく様々な新ビジネス施策がどんどん試みられるのを歓迎したいと思います。例えば、こんなのです:
「冷やし中華関連のビッグデータでエネルギー節減」
いかが思われますか?
小さな、安価なIoT機器が生産と消費を直結する象徴的事例をSAPさんが紹介してくれました。生ビールをお客さんに注ぐ口と、ビール・サーバの間のチューブに小さな中継器を入れてネットにつなぐだけで、注がれたビールを1滴単位で、リアルタイムで分量を測定。いつ、どこで、どんな品質(温度等)で、どれだけが客に提供され、消費されたかの完全なデータをメーカー等にフィードバックすることができる。やってみれば「これぞ、Missing linkだった!」と思えるような1つの小さな部品の付加が、デマンド・サイドから、リアルタイムで生産調整、品質管理を実現してしまえる痛快さ。既存のネットインフラ、できたばかりのビッグデータ解析システムのポテンシャルを最大限に引き出せるような、とても分かりやすいIoTデバイスでした。
“気の利いた” AIシステムが仕事や生活を支える
生ビールを1滴単位で測定してくれるようなIoTデバイスが身の回りにあふれるだけで仕事や生活が便利になるか、といえば、なかなかそのようにはまいりません。仕事や生活に必要であり、充実させるメディアには、視覚や音声、言語で物事を理解し、時に学習し、その結果、自分の欲求や意思を、必要な相手(を見つけて彼ら)に伝えるという、人間ならではのコミュニケーションが必要だからです。
以前、「パターン認識」は人工知能の目や耳と題した記事で、人間のコミュニケーションを支える認識、理解や学習、そしてメッセージを生成して伝えることも狭義の人工知能=「脳を模した情報処理」に準じて重要なことを記しました。
文字認識や、錠剤の形状が合格品かどうか判定するのに特化したあまりAIっぽくない単機能、専用用途のシステムも、苦労して業務化し、実用レベルの精度が低コストで実現できたときにはIT屋は大喜びします。古き良き昭和時代の製造業の技術者よろしく、社会の裏方(名を残さぬ捨て石!?)として人々の便利生活を支える満足感とともに現役を引退する。こんなエンジニアが続出すれば、ユーザーの射幸心を最大限煽るゲームAIやら扇情的B級ニュースのレコメンドで競争するよりも、世界に貢献できるIT産業として光る存在になれるでしょう。
人工知能の仕組みとしては、とくに超最先端、高度なものでなくとも、さりげない気の利いたデータ連携で、実に便利な情報ライフが実現することがあります。「‘つなぐ’メタデータを介した情報連携 」の図1「マッシュアップを支える軸足メタデータ」では、まず、ソニー社のGPS-1という単機能デバイスが日付時刻とともにひたすら現在位置の緯度・経度を吐き出し、それを介して、GPS由来の位置情報無しのJPEG画像のExifメタデータに緯度・経度を補完します。次に、この位置情報を用いることで、車でドライブした経路上にサムネイル画像をプロット。それらをクリックしたら大きな元画像を、旅程の順に眺めることができるマッシュアップの例を紹介しています。
上記は、今から5年前に、学術雑誌「情報の科学と技術」の依頼で寄稿した論文からの引用です。この論文では、この他にも、Google Appsなどのクラウドアプリに、自然言語メールでメイドさん(に摸したAppsのアバター)宛てに送った文章から、予定追加の日付時刻、内容を読み取って自動でカレンダーにスケジュール登録する2008年のマッシュアップ・アプリ「メイドめーる」なども紹介しています。
文章中から“5W1Hメタデータ”を自動で読み取って (デモはこちら)、カレンダーやグループウエア、SNSのタイムラインの当該個所に自動投稿させる。また、同じ出来事(5W1Hは“出来事=event”のメタデータです) に言及した記事を自動的に検索・収集して、串刺しで要約し、誰がどんな異なる意見を言っているのかを自動で箇条書きにする。これら、2008年の「メイドめーる」が垣間見せてくれた世界は7年経った現時点でもまだまだ本格的な実用期、広範な利用フェーズに入っていません。クラウドサービス上のコンテンツ間を、自然言語解析技術が自動抽出した5W1H =イベント・メタデータで結びつける。この便利さを実感するには、2008年の段階では、まだまだ皆様、情報洪水に溺れそうという段階には至っていなかったのかもしれません。
今後、自分のSNSへの今日の書き込みから、人工知能が「ご主人様」に必要な情報を推定、ランキングして、取捨選択して、時には恐る恐る、時には自信たっぷりに対話しながらレコメンドしてくれる。
◆ユーザー=ご主人:「あ、それ大事だからカレンダーに入れといてくれ!」
◇アバター=メイド:「もう入れときましたよ〜 15分前になったら、腕時計が震えて気が付きますので」
などと最小限のやり取りで、大事な予定を逃さないようになる日も近いのではないでしょうか? 2020年頃までには、ありふれた便利機能になっているように予想します。
「肩の上のインコ(星新一)」は人間関係をスムーズにしてくれるAI?
星新一のショートショート「肩の上の秘書」をご記憶でしょうか。スパムメールと似ている、との指摘とともにあらすじを書いたこのブログを読むと、「発生から消滅まで一度も人間の意識を通過していない」文章が、メールボックスに溢れ始め、人によってはすでに90%以上が、一度も一瞥もしない未開封メールのままで終わる、という時代になってきました。
こんな未開封メールの集まりの中にも、実は取引先の偉いさんのセミナー講演情報が入っていたりして、それを知らないまま本人に対面して気まずい思いをする、ということも起こるでしょう。いや、相手だけが不愉快に感じて、自分はしくじったこと自体気づかぬまま、みすみすビジネスチャンスを逃すほうが痛い、といえるでしょう。
先の“5W1Hメタデータ自動抽出API”を組み込んでおけば、システムが黙々と未開封メールを「代読」し、検出した会社名、人名等を、営業履歴データベースやクラウド名刺サービスと照合します。この結果、「もしかしてVIPとの絶好のコンタクト機会?」などのダイアログ・メッセージとともに、遠慮がちにご主人様の気づきをうながし、ビジネスチャンスをものにして、事なきを得ることもあるでしょう。重要度や関連度のランキングや、セミナーに実際に行ける可能性を、同時に抽出した日付時刻(When)、場所情報(Where)からランキングし、カレンダーに仮登録することも可能です。
メールの代読、過去、社員の誰かが交流した会社名、担当者名を網羅的に記録した営業DBや名刺情報クラウドへの問い合わせ、マッチした時の対策ミーティングの召集をセールスフォースのアプリ機能で実現したSalestractrという作品も2008年に、上記APIを活用したマッシュアップ・アプリとして誕生しています(紹介記事はこちら)。
「肩の上の秘書」はもともと、コミュニケーション支援AIは単にお飾りの冗長な言葉に長々と展開するだけの無駄ではないか? そのような未来社会は不毛ではないか? とのアイロニーたっぷりの作品だったかと思います。でも、本当にそうでしょうか? 意味内容は同一でも、言い方が気に入らない、表現の配慮が足らないときに、そんな相手の言い方に怒った経験は絶無でしょうか?
いくら論理的に会話、行動、判断しているつもりの人でも、始終、無礼な言い方をしてくる人と話をするのはうんざりでしょう。非の打ちどころのないほど丁寧で、その場の状況、相手の立場や考え方、価値観や気に入る表現などに配慮した「肩のオウム」が、コミュニケーション、人間関係を円滑にしてくれる、という効果は期待できないでしょうか?
ショートショート「肩の上の秘書」の末尾も、バーのマダムの肩の上のインコのトークに癒やされる、で終わっているように、楽しく癒やされる効果を示唆しています。また、肩の上のインコは、相手の冗長な言い回しを簡潔明瞭な一言に要約してくれる働きもしてくれますので、イライラしなくて済むように配慮されていました。時間が無駄になるのだけが欠点かもしれません。この点をうまく解決できれば、近未来に「肩の上の秘書」なり、「腕時計や眼鏡の中の秘書」が実現してもおかしくないでしょう。
前回記事の引用中に、AIが代替しにくい仕事として、フィジカルなおもてなしの例などがあがっていました。これがもっぱら言葉によるおもてなしであれば、その能力が最高クラスの人間の対話シナリオ、対話ノウハウをとことんコピーして作りこんだAIに、大多数の人間のおもてなし能力が及ばなくなってしまう、という事態は十分に考えられます。そんな羽目にならないよう、人間側は、機械的にマニュアルに従うのでなく、即興性、創造性をその場で発揮して、相手が最高に喜ぶおもてなしをその場で作り出せるくらいに鋭い感性、論理、想像力を駆使する必要があります。
でも、それ以外の大部分の「安い」おもてなしは、早晩AIに取って代わられる可能性が高いし、そうなったとき、以前のとげとげしい言葉の針が飛び交う社会よりは、多くの人にとって心安らかに暮らせる社会になるかもしれない。
次回、最終回となります。今回の続きとして1つ、「肩に止まったオウム」にごく簡単な指示を与えると「飛び立って」行き、具体的な目的地、交渉相手、情報入手先を自分で考えて探し、目的を達して戻ってくるイメージを語ってみたいと思います。これは、細かく指図しなくとも「よきに計らうエージェント」、それも自分の領域外に出張して仕事を片付けてくれるタイプのモバイル・エージェントのイメージです。20年以上前の前回のAIブームで一時脚光を浴びたのですが、クラウド、高性能端末、ディープラーニングが実用化される頃には一体どのようになっているでしょうか。その他、近未来予測のダイジェスト、ハイライトをいくつか書いてみたいと思います。