2015年11月28日

ビッグデータ、人工知能を活用したビジネス、生活の今後 (その2)

Dr.ノムランのビッグデータ活用のサイエンス」連載(初出:日経ビジネスOnline)の26回目、最終回です。



 ビッグデータに後押しされるように台頭してきた今回の人工知能ブームが健全に開花し、過去2回のブーム(1950〜60年代、1980年代)のように期待外れのあまりにバブルがはじけて終わったりしないことを願いつつ、人間と機械の役割分担などについて引き続き具体化し、産業的な付加価値を追求してまいりたいと思う今日この頃です。現時点での方向性を探りながら、いくつか、これまで触れ足りなかった話題を取り上げます。

ビッグデータとAIが相互に不可欠な技術として発展

 最近の記事「ビッグデータの国内市場『年率27%で成長も課題山積』」によれば、ビッグデータの分析に使われる情報システムなどのインフラの国内市場は2014年時点の444億円から、年平均成長率27%のペースで拡大を続け、2019年に1469億円に上る見通しとのことです。いわゆるインテリジェント・ストレージや、検索・配信などの「上流工程」への投資が大半なのか、それとも、徐々に中流の分析や、経営判断への活用を支援するツール(例えば弊社のVoC分析AIサーバによるポジショニングマップ作成)の割合が増えていく見込みなのかは不明です。しかし、取りあえず、データという「事実」を踏まえた経営を日本企業が指向し、後戻りなく導入していく傾向、流れを読み取って、大変結構なことととらえたいと思います。

 本連載の初回「ビッグデータが経営判断に使えない本当の理由」で図示したように、ビッグデータ活用において中流・下流の、頭脳を使った「分析」がボトルネックになっているのを解決するために、人工知能が求められている状況もますます切実になっていくことでしょう。特に人工知能と意識されていなくとも、大量データの様々な機械学習手法や、マッチング、最適化の手法が今後ますます必要とされ、データやメタデータの構造化、交通整理と活用に必須のものとなっていくことでしょう。

 人工知能の側、特に、ニューラルネット(ディープラーニング)は、ビッグデータのおかげで実用性が確認、認識され、復活したともいえます。ビッグデータと人工知能が相互に必要不可欠のものとして、互いの発展の手段として機能し、一種の共振現象を起こしているともいえます。そのあたり、ウェブやソーシャルメディアで、それぞれ地球最大と言えそうな超巨大なビッグデータを押さえているGoogleやFacebookが人工知能関連の研究開発や応用を主導するのも必然と言えるでしょう。彼らは、ハッタリや浮わついたところなく、実データを現場で解析して付加価値を引き出すべく、機械翻訳や顔画像認識の精度向上でさりげなく(時に秘密裏に)、人工知能を適用しています。

 例の悲観論をはじめ、妙な挑発などせずに(もっとも「シンギュラリティ論」の教祖格であるレイ・カーツワイル氏は比較的最近Googleに入社したようですが)、自然体でニューラルネットを説明している、FacebookのAI研究所長、Yann LeCun氏の弁には好感が持てます。ディープラーニングを生データコンピューティング(end-to-end computing)と適切に形容した次のインタビュー記事は、実に適切に、新しいテクノロジーとそのビジネス応用への取り組み方を説明していると思います。

 「Yann LeCun氏は、Deep Learningについて「脳のように機能する」と表現することを嫌う。Deep Learningは実際の脳の機能からは、はるかに遠い。そのように表現することは誇大広告となり危険である。」

 「…新しいテクノロジーをビジネスに取り入れる際は、そのテクノロジーで実現できること・できないことを正しく理解する必要があります。現状のビジネス利用では「教師あり学習」が現実的であるなどの示唆があります。

 Yann LeCun氏がFacebookでの取り組みや今後の展望で述べている通り、Deep Learningの応用はさらに発展を遂げ、ビジネスでの利用が広がるでしょう。」

エージェント技術の復活と応用に期待

 前回の記事でご紹介した星新一のショート・ショート「肩の上の秘書(インコ)」では、相手に伝えたいことをぼそっとつぶやけば、ロボットのインコがそれを丁寧な、長い、非の打ちどころのないメッセージにして相手に向けて喋ってくれました。そして、同じように相手の(インコの)長い台詞を簡潔に要約し、冗長な台詞を聞いていなくとも要点を伝えてくれます。

 このインコが、もしごく簡単な(概括的な)指示を与えると「飛び立って」行き、具体的な目的地、交渉相手、情報入手先を自分で調べ、時に考えて探し、目的を達成して戻ってくるとしたら如何でしょうか? これは、細かく指図しなくとも“よきに計らう エージェント”、それも自分の領域外に出張して仕事を片付けてくれるタイプのモバイル・エージェントのイメージそのものといえます。

 「ザ・エージェント」といえば、トム・クルーズが演ずる、プロスポーツ選手の代理人が主役の映画です。選手本人に代わって契約内容を交渉するだけでなく、全米を飛び回って試合する選手に随行し、本人の様々な不平不満、悩み事を聞いて解決したりします。所属企業の本社に飛んで行って本人が詳細を見切れない条件交渉、法務書類の作成と締結なども行います。

 IT、ネットワーク上のソフトウエア技術としての「エージェント」も、似たものだといえます。エージェントの様々な定義や興味深い分類がこちらにあります。どれくらいの個体数が互いに対話をして協調作業を進めるかで分ける「社会的分類」や、どんな言語(専用言語か視覚言語か日本語などの自然言語か、表情を伴うか等)でコミュニケーションするか、あるいは、ネットワーク上を移動し、違うコンピュータに「お邪魔」するモバイル・エージェントかどうかの違いで分けた「機能的分類」があります。

 1980年代の第二次人工知能ブーム末期あたりにも、モバイル・エージェントの商用規格が流行りかけました。有名だったのは、ウェブの規格など使わない(という評価は後年ならではなのですが)、Telescript言語という独自規格。こちらの解説にあるように、ネットワーク上のエージェント(Agent)達の「出会い(Meeting)」「その場所(Place)」「移動(Travel)」「Connection(互いに異なる場所から呼び合う)」、そして、物理世界、リアルワールドにおけるご主人様から与えられる「権限(Authority)」「許可(Permit)」などを記述して制御する、ジェネラル・マジックが1990年にリリースした商用言語でした。

 これは本格的なエージェント指向でしたが、基盤技術として、Windows, Mac, Linuxなどのプラットフォームを選ばずに動作するJava言語が1995年に出て少し事情が変わりました。すなわち、もともとポータビリティとモビリティが高いJavaで書いたプログラムなら、モバイル・エージェントを非常に実装しやすいだろう、と目をつけられたわけです。さらに、様々なネットワーク上のデータのやりとりについては、HTTP(Hyper Text Transfer Protocol) すなわち、ウェブの規格でオブジェクトをやり取りすれば、さらに低コストで、幅広く普及するエージェントが作れるだろうということで、前世紀末にAglets(IBM)、Voyager(ObjectSpace)などが登場しました。

 個人的には、孤立した、自律型のヒューマノイド・ロボット1体よりも、多数のロボットが独自の「言葉」で猛スピードで効率よくコミュニケーションし、協調して働いてくれた方が嬉しい気がします。もちろん、その大半は、身体を持たないモバイル・エージェントです。物質(atom)から自由なビット列、デジタルデータであればコストゼロで瞬時に世界中を移動できます。身体が必要になったら、必要に応じてヒューマノイド・ロボットやドローン、小型潜水艇、地底探査機、ロケット、はやぶさ2のような人工惑星などに潜りこめば良いでしょう。3Dプリンターは、「身体」構造と素材データを授受しますが、その上に乗るソフトウエアも、自在に世界中を巡って問題解決をし、人間たちに奉仕するのです。

 アシモフが「はだかの太陽」で描いた、2万体のロボットが1人のご主人様の意図をくみ取って互いに協調して動く世界だって、実現できそうな気がするではありませんか!

 規格の標準化と差別化競争をうまく両立させないと産業的成功が難しいということはあるでしょう。また、エージェントを送り出す側はともかく、受け入れ側にとっては、送り手側の意図に沿って勝手な動きをする(もちろん受け入れ側の完全な許可とリソースの割り当てが必要ですが)という意味で、ウイルスのような存在に似ているので、サイバー空間の法秩序みたいなものも整備されていく必要があるでしょう。

人間は多数のエージェントを使って「楽」に

 エージェントの最大の特徴は、細かく指図しなくとも、時にはこちらの意図を察して“よきに計らってくれる”ところです。

 自分で調べずに何でも細かく質問する人のことを「教えて君」と呼び、「教えて君」がSNSのグループやコミュニティに登場したら「ググれカス!」(「ウェブ検索すればすぐ分かるようなことを公の場で質問して他人の時間を無為に奪うな、この馬鹿野郎!」という意味)と言えば良いのだ、というコンセンサスがとれているオンライン・コミュニティもあります。確かに今後は、あるカテゴリの知識の存在を大雑把に教えてもらったら、自分でその都度(オン・デマンドで)調べて行動できない人は疎んじられていくでしょう。さもないと、上記のようなソフトウエア・エージェントに負けてしまいます。

 いや、だからこそ、人間は楽ができるように、多数の専門家エージェントを使いこなすべきなのかもしれません。考えるのをサボりすぎてスポイルされないように、時々猛烈に考えさせてくれたり、創造性を刺激してくれる役割を果たす「きまぐれエージェント(星新一「きまぐれロボット」へのオマージュ)」のお世話にもなりながら。

 エージェントが自らの経験を参考に賢く行動し、感情を持ったりユーモアを解したように対話するプログラムも今後生まれてくるでしょう。弊社・メタデータ社でも数年前に、ウェブ超ロボ・不二子クラウディアと称して、短い依頼の言葉を解釈し、それに必要な、詳細な実行方法、実現手段は自分で調べて(知っておいて)、指示した人が詳細を知らないままでもキチンと仕事が片付くコンセプト・ロボ(ソフトウエア)のプロトタイプを作りました。

 最初は、大手クラウド・ベンダーの競争や囲い込み戦略のために、アマゾンのAWS、グーグルのGAE、マイクロソフトのAzureを全部覚えてクラウド対応ソフト作るなんてウザい! だから、仕様だけ指示すればこの3つのクラウドに対応したSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)を自動生成してくれるエージェントが欲しかったのですが、これではあまりに専用用途に過ぎると考え、路線変更しました。

 マッシュアップ・アワードに出す作品だったこともあり、

  • 「APIの利用登録、API Key取得をお任せ」してしまえる。
     (何百、何千のAPIごとに利用規約も実際の登録方法も、API Keyの取得方法も違っててウザいから)
  • 「「ツンデレのおふざけ会話をしながら同窓会を一緒に企画し、電話、メール、LINE、Twitter、Facebookなどの様々なインスタント・メッセージなどの様々なメディアを適切に使い分けて連絡しなければならない元同級生への連絡を適切にやってくれる」
     (「みんな、自分ひとりくらい特別な手段で連絡してくれてもいいじゃないって、我儘なんだからぁ!」と愚痴りながら)

 リクルートホールディングズ社のメディア・テクノロジ・ラボで行った講演はこちらです。

 みなさんも、面倒な雑用を自分に代わってやってくれるエージェントが欲しくないですか? ウェブ上で抽選の行列に並んでみたり、ある裁量の範囲内で市場に売買注文を出してみたり、オークションの出品や落札をして、結果をメールやインスタントメッセージでちゃんと報告してくれたりするソフトウエアロボットです。元のシステムがそこそこ使い難いものじゃないと意味がないという説もあるので、具体例を出すのはちょっと憚られる面もありますが。

情報連携で「気の利く」エージェントがさらに増殖

 日経ビジネスオンラインのこちらの記事のインタビューで言及している、ひさじゅさん作の「シャチクノミカタ(社畜の味方)」も、社員の代理で上司の書き込みに「いいね!」してくれていた、という意味でエージェントだったと言えるでしょう。メタデータ社の高精度ネガポジ判定APIが実際の代読を行い、−1以上とか、+2以上とか、一定以上ポジティブな上司書き込みにのみ「いいね!」を自動で付与することで「うむ。こやつ(部下)は上司の言うことでも是是非非で評価する。なかなか見どころのあるやつだ!」と思わせ、あわよくば出世の助けになるかもしれない、というものでした。どの書き込みに「いいね!」したかがメール通知されてアリバイもばっちりだし、色々と完成度も高く、3万人以上のユーザーを集めてラジオやテレビ出演も果たされましたが、Facebook社のお気に召さなかったようで、惜しくも退場してしまいました。

 もぎゃさん作の「メイドめーる」も、Web受付嬢と同様に、メタデータ社の5W1H APIを用いて、秘書エージェントさんへの返信メールから日付(「明日」、「来週」などの相対的な表現も年月日に変換)を抽出してGoogle カレンダーに予定を自動登録したり、「昨日の会議の参加者へ資料送っといてね!」と依頼しただけで、資料を添付したメールを期日までに送っておいてくれたりするポテンシャルがあります。昨日の会議が複数あったとか、資料の候補が2つあったなど、あいまいな点があれば、依頼者に訊き返せば良い。このあたりの「気が利いている」度合いでも、鈍い人間を追い越してしまう可能性はあります。

 Web受付嬢は誕生以来、個人情報をお預かりして、PDF資料を添付して送信し続けています。内外のWebAPIを用いてオープンな環境で仕事をすることができるのも特徴です。ずばり、通常の対話ロボットと違って、知らないことを訊かれても、ネット上でWikipediaなどで知識検索をして、その結果を要約して教えてくれます。

 かように、ここ10年間で普及したAPIと、それらを束ねるマッシュアップの手法が、オン・デマンドで様々な仕事をこなすエージェント達の基盤として、非常に重要な役割を果たせるよう進化し、増殖してきました。API間の連携、APIとアプリ、ビッグデータの連携の鍵が「つなぐメタデータ」です。

 下図は、2010年に執筆した学術誌「情報の科学と技術」特集:メタデータの現在から、拙稿「ソーシャルメディアの時代に産業上の重要さを増すメタデータ自動抽出技術」において、図1「マッシュアップを支える軸足メタデータ」を引用したものです。

 右下の写真、車のダッシュボード上に置いたSony GPS-1が刻々と記録するタイムスタンプと緯度経度の組み合わせデータを、タイムスタンプを軸足メタデータとして、GPS機能なしのデジカメで撮った写真のExifメタデータに緯度・経度がパソコン上のソフトウエアで流し込まれます。反時計回りに左上に回って、今度は緯度経度が軸足メタデータとなって、WebAPIで自動取得したサムネイル画像をGoogle Maps上に、走行コースに沿ってプロットするマッシュアップが簡単に実行できます。

 このように、メタデータで動作するAPI群による情報連携はとてもシンプルですが、気が利いているということができるでしょう。そして、データや知識、プログラムなどを集めて適切に組み合わせて問題解決をせんとするエージェントにとって、実に扱いやすい仕組みになっているのです。

 ビッグデータと第3次人工知能ブームの時代。新世代のエージェント応用が開花する機は熟している、と言えるのではないでしょうか。

AIとエージェントが描く、IoTとIndustrie4.0の可能性

 前回、ビール・サーバーに接続して1滴単位で量や頻度、温度等を測定してインターネット経由でサーバーに通知するIoTデバイスについて書きました。これは、ERPパッケージで名高いドイツ企業SAPによるものでした。

 ドイツでは数年前から「Industrie4.0」と称して、ひたひたと(あまり英語で情報発信せずに)、インターネットを介して全産業におけるモノが緊密に結びつき、部品在庫削減による低コスト化と受注生産などが両立できる仕組みと、その標準化を準備してきました。素材や部品の工場と組み立て工場。そして、物流、販売店、さらに販売した後の製品までをインターネットでつなぐことで、「効率的な生産」、さらに「新たな需要の開拓」につなげようという取り組みです。日本では、「第4次産業革命」とも呼ぶようになってきているようです。

 NHKの今井純子解説委員によるこのページの真ん中あたりの絵、「第4次産業革命」のイメージが非常に分かりやすいので、是非ご覧ください。この凝縮された「時事公論」の番組の前半では、日本企業が過去最高益の更新、というニュースを眺めつつ、技術革新などによる本当の成長のための投資がなされているか(成長戦略)、このドイツで始まった取組みと対比してチェックする、というスタンスをとっています。

 (ビッグ)データの時代らしく、組み立て工場の中では、生産ライン上を(柔軟に)流れる半完成品にICタグが付いていて、「自分の完成には、あとこれとこれの部品や仕上げ剤が必要だけど、3時間以内に出荷するためには、あの部品の在庫がなくなる確率が50%あるのでそろそろ発注してほしい」などと「訴える」ことができます。このような状態の検出、判定、「訴え」はすべてIoTによって機械間で行われ、部品や素材工場や倉庫に自動的に通知がなされ、最適なタイミングで補充がなされるというわけです。

 このような仕組みがあれば、個別化少量生産、頻繁な仕様の変更を受け付けて競争力を向上させながら、在庫削減等でコストダウンが実現します。上記ページのさらに後半、「第4次産業革命(つながる工場)」から引用しましょう:

 さらに、ネットワークは、工場の外にもつながります。



  • ▼ 例えば、販売店とつながることで、注文の情報がすぐに工場に伝わり、納期を短縮できますし、
  • ▼ 部品が不足してくると、すぐに納入できそうな部品工場を自動的に探して、発注することで、在庫を減らし、コストを減らすことができます。
  • ▼ さらに、これまでのように、製品を納めておしまいではありません。製品ともインターネットを通じてつながって、稼働状況などを把握することで、保守サービスといった新たな事業につなげていくこともできる。こうした様々な可能性につながる取り組み…

 従来から日独共通の強みであった製造業にフォーカスすることに加え、標準化が重要なことから、ドイツ、欧州主導の研究・規格化で、米大手IT企業を寄せ付けないという意欲を読み取ることができます。とは言え、オープンな規格、競争原理の尊重、かつ低コスト志向で、多くのプレイヤーの参加を募っています。俊敏に、急な変更をも歓迎しつつ同時に在庫を削減するためには、ビッグデータをリアルタイムで高速に、かつ賢く解析する必要も生じるでしょう。人工知能的なリアルタイム計算、予測ができるソフトウエアがIoTの裏側で縦横無尽に動作し、モノとモノ、ヒトとモノとの最適なマッチングを実現していく。

 昭和時代のように自動化が画一化につながることなく、知的なIoTによってむしろ個別化、個性化しつつ、低コストが実現していく。中小企業や身近なサービス業も例外ではありません。ビッグデータと人工知能・エージェント的な要素が産業界に浸透することで描かれるIndustrie4.0は、なかなかワクワクするビジョンではないでしょうか。

おわりに 〜我々の働き方、再論

 「アルゴリズムが世界を支配する」という本があります。ここで「支配」というのは従属関係でもなんでもなく、宇宙の基本原理たる物理法則に「支配」されているというのと同様のニュアンスです。数学的に確かなモデルは普遍性を持ち、多くの現象、事例に「当てはまる」と言い換えても大差ありません。ですので、またぞろシンギュラリティで人間が機械に駆逐されるかのような悲観論に傾く必要はありません。

 人と機械が協調して、人々を幸福にしていくインフラは着々と整備されつつあります。Industrie4.0におけるIoTデバイス間のコミュニケーションや協調もしかり、ヒトの意思を代行するソフトウエア・エージェントもしかりです。きわめて多くのプレイヤー(大半が機械やソフトウエアになっていく)が参加するゲームで全体最適を実現する数学の法則(例えば2部グラフの最大マッチング)を恐れる必要は全くなく、積極的に活用し、それが高速に動作することを大いに喜べばよいと思います。

 このような人工知能的なソフトウエアにより、大量データの恩恵を受けて、気の利いた示唆を機械が与えてくれたり業務を進めてくれれば、人間はどんどん楽になります。しかし、「結局、AIに負ける心配がない職業とは?」で示唆した通り、「なぜだろう?」と考える人間には、意志や美意識をもってシステムを改良する、重要な役割があり続けます。

 最近の連載を読んで、中央官庁、大企業研究所、国立大、私立大などから、取材・インタビュー、講演依頼を次々といただきました。中には、人々の働き方に関するあまりの超楽観主義に、呆れてものも言えなくなったかに見える方もおられました。もちろん私だって、創造性のない仕事や生活を送っている人については大いに心配しています。過度なリテラシー指向、職業訓練指向のせいか(この方向の大学改革には反対です!)、他人や自分自身を、出来そこないの機械のように仕立てて働かせている人を見ると、「近い将来、人工知能に淘汰されちゃうよ!」と涙を流しそうになることもあります。

 10数年前だったか、厚労省の試算で、日本のホワイトカラーの生産性が北米の4割、西欧の6割にとどまるとするのを見て愕然したことを昨日のように思い出します。今にして思えば、欧米に比べて、日本の事務職の現場には、人工知能に淘汰されやすいような仕事の仕方をしている人が多かった、と言えるのではないでしょうか。

 私自身は、引き続き、人の能力を拡大するソフトウエアや、ビッグデータ分析手法の研究開発に邁進してまいります。テキスト(記号列)、画像、音声、動画等、入出力データの種類を問わずに生データを学習できるディープラーニングも手掛けるし、人間が苦手な、大量候補の全体最適解を求めてマッチングする手法を高速化し改良するなどの研究開発はますます面白くなります。

 と同時に、サービス科学を大学院生、MBA候補生らに教えつつ自ら応用したり、マーケティング、営業に苦心しながら経営者として10年近く、世のため人のため、付加価値の創成に努めてきたのをあと20年は続けていくつもりです。この過程で、皆様に考えを問わせていただく機会(執筆や講演等、Facebookなどのソーシャルメディアでも)など多々あると存じます。本連載は今回で終了しますが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。



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2015年11月14日

ビッグデータとAIが変える仕事と生活(その1)

Dr.ノムランのビッグデータ活用のサイエンス」連載(初出:日経ビジネスOnline)の25回目です。


ラスト2回となりました。そこで、ビッグデータの活用と、そのための人工知能と人間の頭脳の役割分担などについて、徒然なるままに綴ってまいりたいと思います。

IoT機器にもっともっとビッグデータを生成させよう

 4月下旬、東京ミッドタウンで開催された日経ビッグデータカンファレンスで、国立情報学研究所長の喜連川優教授が最近のビッグデータ関連の研究成果、動向について基調講演をされました。彼は経産省系の情報大公開プロジェクトのリーダーとして、また文科省の「情報爆発時代に向けた新しいIT(情報技術)基盤技術の研究」において、一貫して「情報爆発という一大事に対抗する技術の開発をすべし」との危機感を前提に実用技術の開発を主導してこられた印象があります。

 途中でどんなに、Googleはじめ米国の巨大ベンチャーにうっちゃりをかけられようが不屈の精神で立ち直って、日本独自の強みを見出し、育てるべく、いったんボロボロになっても何度でも立ち直る。そのために、海外動向についても張り詰めた緊張感で、本質的な変化を鋭いアンテナでとらえる。内外から見て優勢とはいえない日本のIT、ICTを活性化する、リーダーの鑑のような存在、というイメージでした。

 それが、日経ビッグデータカンファレンス2015 Springでは、うってかわって、IoT(Internet of Things)を楽しみ、IoTデバイスにもっともっと大量のデータを生成させて、「情報爆発に拍車をかけろ!」と高らかに宣言したかに聞こえました。何だか、歌って踊れる明るいビッグデータの時代が来たみたいに感じた人もいることでしょう。

 個人的には、この豹変は大歓迎、大好きです。ビッグデータを始末に負えない難物として危機感を煽ったり、人々の仕事がなくなる、の類の悲観論を唱えるよりも「踊る阿呆に、見る阿呆。同じ阿呆なりゃ踊らにゃ損、損」の阿波踊りの精神で、自ら楽しんでいろいろやってみたほうが良いでしょう。ビッグデータの産業構造へのインパクト、ビジネス応用といえども、ユーモアのセンスさえ漂う、ノリノリの楽しそうな実験プロジェクトをどんどん起こし、その成果を宣伝したら良い。ビッグデータ、生情報、事実に基づく様々な新ビジネス施策がどんどん試みられるのを歓迎したいと思います。例えば、こんなのです:

「冷やし中華関連のビッグデータでエネルギー節減」

 いかが思われますか?

 小さな、安価なIoT機器が生産と消費を直結する象徴的事例をSAPさんが紹介してくれました。生ビールをお客さんに注ぐ口と、ビール・サーバの間のチューブに小さな中継器を入れてネットにつなぐだけで、注がれたビールを1滴単位で、リアルタイムで分量を測定。いつ、どこで、どんな品質(温度等)で、どれだけが客に提供され、消費されたかの完全なデータをメーカー等にフィードバックすることができる。やってみれば「これぞ、Missing linkだった!」と思えるような1つの小さな部品の付加が、デマンド・サイドから、リアルタイムで生産調整、品質管理を実現してしまえる痛快さ。既存のネットインフラ、できたばかりのビッグデータ解析システムのポテンシャルを最大限に引き出せるような、とても分かりやすいIoTデバイスでした。

“気の利いた” AIシステムが仕事や生活を支える

 生ビールを1滴単位で測定してくれるようなIoTデバイスが身の回りにあふれるだけで仕事や生活が便利になるか、といえば、なかなかそのようにはまいりません。仕事や生活に必要であり、充実させるメディアには、視覚や音声、言語で物事を理解し、時に学習し、その結果、自分の欲求や意思を、必要な相手(を見つけて彼ら)に伝えるという、人間ならではのコミュニケーションが必要だからです。

 以前、「パターン認識」は人工知能の目や耳と題した記事で、人間のコミュニケーションを支える認識、理解や学習、そしてメッセージを生成して伝えることも狭義の人工知能=「脳を模した情報処理」に準じて重要なことを記しました。

 文字認識や、錠剤の形状が合格品かどうか判定するのに特化したあまりAIっぽくない単機能、専用用途のシステムも、苦労して業務化し、実用レベルの精度が低コストで実現できたときにはIT屋は大喜びします。古き良き昭和時代の製造業の技術者よろしく、社会の裏方(名を残さぬ捨て石!?)として人々の便利生活を支える満足感とともに現役を引退する。こんなエンジニアが続出すれば、ユーザーの射幸心を最大限煽るゲームAIやら扇情的B級ニュースのレコメンドで競争するよりも、世界に貢献できるIT産業として光る存在になれるでしょう。

 人工知能の仕組みとしては、とくに超最先端、高度なものでなくとも、さりげない気の利いたデータ連携で、実に便利な情報ライフが実現することがあります。「‘つなぐ’メタデータを介した情報連携 」の図1「マッシュアップを支える軸足メタデータ」では、まず、ソニー社のGPS-1という単機能デバイスが日付時刻とともにひたすら現在位置の緯度・経度を吐き出し、それを介して、GPS由来の位置情報無しのJPEG画像のExifメタデータに緯度・経度を補完します。次に、この位置情報を用いることで、車でドライブした経路上にサムネイル画像をプロット。それらをクリックしたら大きな元画像を、旅程の順に眺めることができるマッシュアップの例を紹介しています。

 上記は、今から5年前に、学術雑誌「情報の科学と技術」の依頼で寄稿した論文からの引用です。この論文では、この他にも、Google Appsなどのクラウドアプリに、自然言語メールでメイドさん(に摸したAppsのアバター)宛てに送った文章から、予定追加の日付時刻、内容を読み取って自動でカレンダーにスケジュール登録する2008年のマッシュアップ・アプリ「メイドめーる」なども紹介しています。

 文章中から“5W1Hメタデータ”を自動で読み取って (デモはこちら)、カレンダーやグループウエア、SNSのタイムラインの当該個所に自動投稿させる。また、同じ出来事(5W1Hは“出来事=event”のメタデータです) に言及した記事を自動的に検索・収集して、串刺しで要約し、誰がどんな異なる意見を言っているのかを自動で箇条書きにする。これら、2008年の「メイドめーる」が垣間見せてくれた世界は7年経った現時点でもまだまだ本格的な実用期、広範な利用フェーズに入っていません。クラウドサービス上のコンテンツ間を、自然言語解析技術が自動抽出した5W1H =イベント・メタデータで結びつける。この便利さを実感するには、2008年の段階では、まだまだ皆様、情報洪水に溺れそうという段階には至っていなかったのかもしれません。

 今後、自分のSNSへの今日の書き込みから、人工知能が「ご主人様」に必要な情報を推定、ランキングして、取捨選択して、時には恐る恐る、時には自信たっぷりに対話しながらレコメンドしてくれる。

◆ユーザー=ご主人:「あ、それ大事だからカレンダーに入れといてくれ!」
◇アバター=メイド:「もう入れときましたよ〜 15分前になったら、腕時計が震えて気が付きますので」

 などと最小限のやり取りで、大事な予定を逃さないようになる日も近いのではないでしょうか? 2020年頃までには、ありふれた便利機能になっているように予想します。

「肩の上のインコ(星新一)」は人間関係をスムーズにしてくれるAI?

 星新一のショートショート「肩の上の秘書」をご記憶でしょうか。スパムメールと似ている、との指摘とともにあらすじを書いたこのブログを読むと、「発生から消滅まで一度も人間の意識を通過していない」文章が、メールボックスに溢れ始め、人によってはすでに90%以上が、一度も一瞥もしない未開封メールのままで終わる、という時代になってきました。

 こんな未開封メールの集まりの中にも、実は取引先の偉いさんのセミナー講演情報が入っていたりして、それを知らないまま本人に対面して気まずい思いをする、ということも起こるでしょう。いや、相手だけが不愉快に感じて、自分はしくじったこと自体気づかぬまま、みすみすビジネスチャンスを逃すほうが痛い、といえるでしょう。

 先の“5W1Hメタデータ自動抽出API”を組み込んでおけば、システムが黙々と未開封メールを「代読」し、検出した会社名、人名等を、営業履歴データベースやクラウド名刺サービスと照合します。この結果、「もしかしてVIPとの絶好のコンタクト機会?」などのダイアログ・メッセージとともに、遠慮がちにご主人様の気づきをうながし、ビジネスチャンスをものにして、事なきを得ることもあるでしょう。重要度や関連度のランキングや、セミナーに実際に行ける可能性を、同時に抽出した日付時刻(When)、場所情報(Where)からランキングし、カレンダーに仮登録することも可能です。

 メールの代読、過去、社員の誰かが交流した会社名、担当者名を網羅的に記録した営業DBや名刺情報クラウドへの問い合わせ、マッチした時の対策ミーティングの召集をセールスフォースのアプリ機能で実現したSalestractrという作品も2008年に、上記APIを活用したマッシュアップ・アプリとして誕生しています(紹介記事はこちら)。

 「肩の上の秘書」はもともと、コミュニケーション支援AIは単にお飾りの冗長な言葉に長々と展開するだけの無駄ではないか? そのような未来社会は不毛ではないか? とのアイロニーたっぷりの作品だったかと思います。でも、本当にそうでしょうか? 意味内容は同一でも、言い方が気に入らない、表現の配慮が足らないときに、そんな相手の言い方に怒った経験は絶無でしょうか?

 いくら論理的に会話、行動、判断しているつもりの人でも、始終、無礼な言い方をしてくる人と話をするのはうんざりでしょう。非の打ちどころのないほど丁寧で、その場の状況、相手の立場や考え方、価値観や気に入る表現などに配慮した「肩のオウム」が、コミュニケーション、人間関係を円滑にしてくれる、という効果は期待できないでしょうか?

 ショートショート「肩の上の秘書」の末尾も、バーのマダムの肩の上のインコのトークに癒やされる、で終わっているように、楽しく癒やされる効果を示唆しています。また、肩の上のインコは、相手の冗長な言い回しを簡潔明瞭な一言に要約してくれる働きもしてくれますので、イライラしなくて済むように配慮されていました。時間が無駄になるのだけが欠点かもしれません。この点をうまく解決できれば、近未来に「肩の上の秘書」なり、「腕時計や眼鏡の中の秘書」が実現してもおかしくないでしょう。

 前回記事の引用中に、AIが代替しにくい仕事として、フィジカルなおもてなしの例などがあがっていました。これがもっぱら言葉によるおもてなしであれば、その能力が最高クラスの人間の対話シナリオ、対話ノウハウをとことんコピーして作りこんだAIに、大多数の人間のおもてなし能力が及ばなくなってしまう、という事態は十分に考えられます。そんな羽目にならないよう、人間側は、機械的にマニュアルに従うのでなく、即興性、創造性をその場で発揮して、相手が最高に喜ぶおもてなしをその場で作り出せるくらいに鋭い感性、論理、想像力を駆使する必要があります。

 でも、それ以外の大部分の「安い」おもてなしは、早晩AIに取って代わられる可能性が高いし、そうなったとき、以前のとげとげしい言葉の針が飛び交う社会よりは、多くの人にとって心安らかに暮らせる社会になるかもしれない。

 次回、最終回となります。今回の続きとして1つ、「肩に止まったオウム」にごく簡単な指示を与えると「飛び立って」行き、具体的な目的地、交渉相手、情報入手先を自分で考えて探し、目的を達して戻ってくるイメージを語ってみたいと思います。これは、細かく指図しなくとも「よきに計らうエージェント」、それも自分の領域外に出張して仕事を片付けてくれるタイプのモバイル・エージェントのイメージです。20年以上前の前回のAIブームで一時脚光を浴びたのですが、クラウド、高性能端末、ディープラーニングが実用化される頃には一体どのようになっているでしょうか。その他、近未来予測のダイジェスト、ハイライトをいくつか書いてみたいと思います。



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