これまで一貫して、人と機械が各々得意な能力を組み合わせて豊かな生産、生活が実現するという楽観論を展開してまいりました。膨大なデータに基づくランキング、判断や、超高速に力ずくですべての可能性を計算できる能力では、機械はほぼヒトを凌駕してしまうことでしょう。しかし、前回記事で触れたフレーム問題や、将棋で王手をかけられたら回避すべしといった基本原理の理解不足の類により、人がまだまだ優位な点が向こう数十年は残ると思います。
将来、量子コンピュータなどの仕組み(アーキテクチャ)が飛躍的に進化するまでは、人間が未知の事態等に世界知識・教養を駆使して対応し、「適当に」計算を打ち切って妥当な判断を下す能力によって、高速に大量のデータ、パターンと照合するという力技では解決でき難い問題を解く役割が続く、ということであります。
最適化の計算や、チェスや将棋の如き知的、論理的判断、シミュレーションのような課題ですら人間の優位性があるのなら、ましてや、倫理観に由来する価値判断や感覚、感性、感情、美意識を必要とする世界では、ここ当面、人間の圧倒的優位が続くでしょう。ただし、人間が生み出した「作品」のコピーと微修正、カスタマイズで済むケースでは、機械に分がある、という事態は早晩訪れるでしょう。その場合でも、クライアントが気に入らずに却下し、少しずつ新味を取り入れて再合成する、という時に人間による判断が機械を補助する方が効率は良くなりそうです。
経済的指標、評価尺度で評価されたい向きには「人間が行った方がはるかに効率良く、何千倍も低コストで迅速にこなせる業務(やその断片)は、少なくとも数十年以上の未来まで存在し続ける」、と冷たい表現をした方が好まれるかもしれません。
「AIを教育する」弁護士と「AIに指示される」弁護士に二極化
2015年初めの1カ月ほどで全5回放映された、NHKスペシャル「NEXT WORLD 私たちの未来」をご覧になった方も多いと思います。50年後の近未来を描いたドラマも印象的でしたが、それ以上に、2014年に取材された今日の現実の方が衝撃的でした。
第1回の公式ページには掲載されていませんが、未来予測をテーマにしたこの回には、米国の最先端の弁護士事務所が登場しました。ここでは、判例検索・引用やその適用法のコツをモデル化して「人工知能」(AI) に教え込むことができる一握りの超エリート弁護士と、人工知能の指示通りに動いて実世界を這い回る大多数の下級弁護士に二極分解しています。このAIが公判用の文章をほぼ自動生成し、下級弁護士はそれを一応チェックはするものの、基本的には、膨大な知識や可能性がある中で、AIの指示した範囲を出ないで作業するとのこと。彼らの年収は300万〜400万円程度に落ち着く可能性があります。
ここで、わざわざカッコ書きに括って「人工知能」としたのは、自らモデル化して学習していないという意味で人工知能以前の通常のエキスパートシステム(知識処理を担う専門家システム)のように思われたからです。これが進化して一種のシンギュラリティ超え、すなわち対象世界のモデル化や知識のモデル化においても人間の能力を上回る、より本物らしい人工知能となれば、最初にそれを設計した超優秀エリート弁護士すら、将来は不要な存在になってしまうかもしれません。
膨大な過去の症例から目の前の患者に適合するものを選び出す能力においても、米国TVドラマDr. Houseの主人公たちが扱うようなハイエンドの難しいケース以外のほとんどは、AIが素早く低コストで診断をしていくようになるかもしれません。
以上は、法律、医療という伝統的に社会的地位が高く、高収入とされていた専門家集団の仕事がAIの台頭によって大きく様変わりする可能性を示唆してくれました。
オックスフォード大『あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」』
英オックスフォード大学が702業種を徹底調査して判明したというリストによれば、現在、主にホワイトカラー業務・事務作業とされている仕事や、いわゆる職人的な仕事の約半数が機械にとって代わられる、との見通しが立てられています。その確率は90%以上とのこと。
下記は、オックスフォード大でAI関連研究に携わるマイケル・A・オズボーン准教授、カール・ベネディクト・フライ研究員の著した論文『雇用の未来――コンピュータ化によって仕事は失われるのか』の中で、コンピューターに代わられる確率の高い仕事・職業で挙げられたものの一部です。
- 電話販売員 0.99Telemarketers
- 文書管理・サーチャー 0.99 Title Examiners, Abstractors, and Searchers
- 仕立屋(手縫い) 0.99 Sewers, Hand
- 計算オペレータ 0.99 Mathematical Technicians
- 保険の裏書担当者 0.99 Insurance Underwriters
- 時計修理 0.99 Watch Repairers
- 集荷/運送エージェント 0.99 Cargo and Freight Agents
- 税務申告書代行者 0.99 Tax Preparers
- DPE,写真焼き増し 0.99 Photographic Process Workers and Processing Machine Operator
- 口座開設担当員 0.99 New Accounts Clerks
- 図書館の補助技官 0.99 Library Technicians
- データ入力作業員 0.99 Data Entry Keyers
以上が99%の確率で計算機に主な仕事を奪われる職種とされています。これらTop10を含む702の職種の中で、98% の確率でコンピューター化されるという仕事の上位11〜20位は、以下の通りです。
- 時間計測器の組み立て・調整係 0.98 Timing Device Assemblers and Adjusters
- 保険申請と契約処理担当員 0.98 Insurance Claims and Policy Processing Clerks
- ブローカー補佐データ処理役 0.98 Brokerage Clerks
- オーダリング処理担当者 0.98 Order Clerks
- 融資スペシャリスト 0.98 Loan Officers
- 保険の審査担当者 0.98 Insurance Appraisers, Auto Damage
- スポーツの審判、審査担当員 0.98 Umpires, Referees, and Other Sports Officials
- 金融機関窓口担当者 0.98 Tellers
- 彫金師 0.98 Etchers and Engravers
- 包装・梱包機器オペレータ 0.98 Packaging and Filling Machine Operators and Tenders
- 購買担当者 0.98 Procurement Clerks
- 出入荷・物流管理者 0.98 Shipping, Receiving, and Traffic Clerks
- 平削り機械セッター、オペレータ(金属とプラスチック) 0.98 Milling and Planing Machine Setters, Operators, and Tenders, Metal and Plastic
- 銀行等の与信分析担当 0.98 Credit Analysts
- 部品のセールスマン 0.98 Parts Salespersons
- 申請類の調整・審査者 0.98 Claims Adjusters, Examiners, and Investigators
- 運転手や販売労働者 0.98 Driver/Sales Workers
- 無線通信技師 0.98 Radio Operators
- 法務秘書・パラリーガル 0.98 Legal Secretaries
- 予約受付、会計・ Bookkeeping, Accounting, and Auditing Clerks
- 検査官、テスター、並べ替え機、サンプル検査、計量の担当者 0.98 Inspectors, Testers, Sorters, Samplers, and Weighers
- モデル業 0.98 Models
以下、コンピューター化される確率が低い702位までのランキングが並んでいます。確率90%以上が171職種、確率80〜89%が93職種、確率70〜79%が51職種、確率60〜69%が56職種、確率50〜59%が32職種となっています。逆に、確率が1%未満のものは49職種あり、創造的な思考による問題解決を行うエンジニア、ソーシャルワーカー、キャリア(人生)教育をする先生や、分子生物学者などの研究者、結婚カウンセラーや、看護師、リハビリ療法士(確率0.28%)、緊急事態指揮官などが、彼らのモデリング手法による計算結果として挙げられています。いかにも、という職種が上下に多い中、一部の職人芸で「そんなに簡単にコンピューター化できるのかいな?」と思わされるものもあります。
個人的に印象的だったのは、金融関係の業務担当者が多いこと。彼らの専門性、個別対応能力(裁量権と表裏一体)が意外に小さく、比較的容易にIT画面や対話ロボットに取って代わられると2013年時点で評価されていたことです。これを受けて、みずほ銀行、三菱東京UFJ銀行などのトップ銀行さん達が、近未来の大幅人員削減に向けて、ロボットや「人工知能」(具体的にはIBMワトソンなどの大量知識に基づく対話システム)の導入に一斉に走っているかに見えるのは思い違いでしょうか?
未来の職業の頂点に立つのは芸術家?
さて、コンピューターによるビッグデータ解析の中間結果と対話しながら、人間ならではの高度な知的・論理的な洞察力と、結論を推論する能力により、機械以上に高度な判断がくだせる人々は生き残ります。特に、VoC分析AIサーバー のような強力な「弱いAI」を使いこなす意思のある人ならば(VoC分析AIサーバーは、問題解決への意思があり現場感覚を備えた人なら誰でも使いこなせるように設計されています)。
このような知性のぶつかり合い、機械と人間の協調で最高の生産性、最適化を達成する業務ばかりが生き残るのではありません。上記702には、人間のメンタル、生理面へのサービスや、極端に複雑な緊急事態への対応など、合理的、論理的とは言い難い業務がコンピューター化されにくいものとして、低確率の数値とともにリストアップされています。
加えて、前述のように、「倫理観に由来する価値判断や感覚、感性、感情、美意識」を生かした職業は、まだまだコンピューターを寄せ付けない能力、高い価値を人間が生み出し続けることでしょう。
先日、某室内オーケストラの合宿にて芸術大学出身のプロ奏者の方と食事しながら会話したのですが、最近、ビジネス界、特にITや製造業のデザイン現場から、芸術系学部出身者(特に美術、デザイン)が引っ張りだこになっているという話を聞きます。人を惹きつけるウェブサービス、感性に訴えるデザインがロジック以上に高い価値を持つことは、ITの最前線に携わる人なら日々実感していることでしょう。
米アップルを創業した故スティーブ・ジョブズの数々の業績にも、美的要素、感性、デザインが大きくかかわっていることを否定する人は少ないでしょう。かつて、iMacを見たビル・ゲイツが、色が豊富なだけで何の新しさもない無意味な製品だと言ったという噂(嘘かもしれません)を聞いたことがありますが、もしそれが本当なら、アップルのみならず、一般消費者がこぞってその発言を購買行動によって否定した事実が歴史に残ることでしょう。
古き良き昭和時代、大企業サラリーマンになるのが「正しい男子の夢」とされていた時代に育った私は、父親から「芸術系学部にだけは行ってはいけない。"河原乞食"になるぞ!」と脅された記憶があります。母方の叔父の1人が東京芸大のチェロ科を出て、経済的にはあまり恵まれない生活をしていたのを横目で見たことから、父の言葉には一定の説得力がありました。30年以上前の大学生時代にも、所属する音楽部管弦楽団を指導する弦トレーナー(故人、奇しくも件の叔父と芸大で同期でした)T先生も「プロにだけはなるなよ。心の底から音楽を楽しんでいるだけでよい。今の君たちアマチュアの素晴らしさを捨てることになるのだから」と説諭され、複雑な気持ちになったのを今でも覚えています。
しかし、今や、その芸術家こそが、最も人工知能に追いつかれにくい、ひょっとしたら永遠に機械を振り切ることのできる、ユニークでオリジナルな表現、付加価値をもたらす最高の職業として、そのプレゼンスを日々、高め続けているのかもしれません。
もっとも、先の合宿での雑談の結論は「美校(美術学部)はいいですよね。企業から熱い注目浴びてもてはやされて。でも音校(音楽学部)は相変わらずですよね(笑)」というものでした。ですので、同じ芸術でも分かりやすい応用のあるジャンル・対象と、深く新しいビジネスモデル等を考えてIT専門家などと丁々発止のコラボ、ブレストなどをしないとなかなか価値が示しにくい専門もあるかもしれません。
ただ、「音楽」の名誉のために付言するなら、J.S.バッハの知能指数や数学的能力が非常に高かった、と推定されているように、音楽と数学の能力には高い相関があることが知られています。畏れ多い元同僚のマービン・ミンスキー博士もバッハ演奏で素晴らしい能力を披露していたように、知性を反映した芸術的能力で商品・サービスを差別化する必要が生じるまで、デザイン競争が先鋭化してくれば、音楽性と称される人間の謎の能力が引っ張りだこになる日もそう遠くないのかもしれません。これはクラシック音楽のみならず、実は、即興でアレンジ、作曲した新鮮な価値をリアルタイムで生み出し続けるジャズの世界から、産業的価値が生み出される胎動を、ライブハウスなどで最近感じているのであります。
「なぜ?」を問い続ければ機械と差別化できる
NHKで毎週放映されているスーパープレゼンテーションこと、TED talkには、たまに指揮者など芸術系のスピーカーが登壇します。
指揮者についてのこの講演などは、ビジネスリーダー、プロジェクトリーダーはどうあるべきかについての深淵な示唆を与えてくれるのみならず、なぜこの演奏はこう生き生きしているのだろう、という疑問へのヒントも与えてくれます。
そうです。この「なぜ」という問いかけこそ、自意識や価値観、世界観、人生観を当面は持てないでいる人工知能が最も苦手とする部分なのです。「なぜ」の答えには、具体的回答から、禅問答のように抽象的なレベルまで、様々な飛躍したレイヤーの回答があり得ます。そのどのあたりが相手にとって適切なのか、常識や、相手の反応に応じて絶妙に切り替えるような人工知能ができるにはまだまだ、見通せないくらい遥か遠い道のりがあります。
「なぜ」という問いかけは、物心ついた小さな子どもが両親を悩ませるがごとく、シンプルに誰でも、どんな対象についても発することができます。しかし、回答は難しい。ファストフード店のアルバイトの身分から、この「なぜ」を自問自答し、ときに周囲に発し続けた結果として、その国のファストフード・チェーンの社長CEOまで上り詰めた例がある、と聞きます。「なぜ?」という問いをきっかけに目に見えない要因を突き止め、それを基に、様々なビッグデータ解析ツール、ツールを使い分けるなどして未来を予測し、抜本的な問題解決に至る斬新なアイデアを発案することは当面、人間にしかできないでしょう。
この意味で、先の702の業務の生き残り確率にはとらわれず、どんな職業のどんなポジションにおいても「なぜ?」という問いを発し続けることで、人間らしい問題解決、機械には追従できない新発見を成し遂げ続けることは可能でしょう。こう考えれば、オックスフォード大学の論文など怖くない、といえるのではないでしょうか。
そもそも、ラッダイト運動に始まる機械脅威論、ロボット脅威論には、マクロ経済的な視点を欠く面があります。すなわち、単純労働、辛い労働(かつては肉体労働)を機械が代行してくれるなら、人間は、根本的に「楽ができる」ようになるわけです。よほど、政財界トップが確信を持って低所得層を不幸にしよう、彼らに所得を分配するのはやめよう、とでも考えない限り(そうならない保障はありませんが)、機械が単純労働、辛い労働を担ってくれることで、人間はより創造的で楽しい業務に専念できるようになるはずです。
単純事務からも解放されて、いわゆるベーシック・インカムで、最低限の生活なら「遊んで暮らせる」生活が訪れてもおかしくはありません。このマクロ的な予測を恐れ悲観する理由などどこにもない、というのが、AIやロボットによる人類の未来への悲観論に対する大きな反論です。
AIの現場にいる人ほど、邪悪な意思を持つAIの開発などがいかに困難であるか、よく分かっています。彼らが今日(こんにち)恐れるのは、ソフトウエアのバグで人に危害を与えることです。勝手に人類を邪魔者、敵とみなすことのないような制御回路を先回りして設けることなど、人間が、量子コンピューターの数百種類の斬新なアーキテクチャを考える際に、十分余地があるでしょう。
人工知能にまつわるつまらない悲観論はやめましょう。今現在、1度きりの人生をどう充実して、創造的に生き抜くのか考えることこそが、先の702種の仕事の機械化確率を提示された時に取るべきリアクションではないでしょうか。「自分はこのジャンルでこんな夢を実現したい。なぜなら、こんなビジョンが現実になれば、人々がこのように幸福になれるからだ」と一歩踏み出してみましょう(ちなみに人工知能は希望や夢をいつ抱けるようになるのでしょう?)。そうすれば、そのためにはどうしたら良いかの "How to" は、いくらでも人工知能的な賢いサービスが教えてくれるようになることでしょう。 人工知能たちが世界中のビッグデータ、オープンデータを解析して夢の実現のための手掛かりを見つけて提示してくれる素晴らしい時代が目の前に開けている。この連載の読者の皆様がこのように感じてくれたとすると、望外の幸福であります。