2015年10月30日

結局、AIに負ける心配がない職業とは?

Dr.ノムランのビッグデータ活用のサイエンス」連載(初出:日経ビジネスOnline)の24回目です。

人工知能ブーム再燃の真実(その9)

2015年10月30日 野村 直之

 これまで一貫して、人と機械が各々得意な能力を組み合わせて豊かな生産、生活が実現するという楽観論を展開してまいりました。膨大なデータに基づくランキング、判断や、超高速に力ずくですべての可能性を計算できる能力では、機械はほぼヒトを凌駕してしまうことでしょう。しかし、前回記事で触れたフレーム問題や、将棋で王手をかけられたら回避すべしといった基本原理の理解不足の類により、人がまだまだ優位な点が向こう数十年は残ると思います。

 将来、量子コンピュータなどの仕組み(アーキテクチャ)が飛躍的に進化するまでは、人間が未知の事態等に世界知識・教養を駆使して対応し、「適当に」計算を打ち切って妥当な判断を下す能力によって、高速に大量のデータ、パターンと照合するという力技では解決でき難い問題を解く役割が続く、ということであります。

 最適化の計算や、チェスや将棋の如き知的、論理的判断、シミュレーションのような課題ですら人間の優位性があるのなら、ましてや、倫理観に由来する価値判断や感覚、感性、感情、美意識を必要とする世界では、ここ当面、人間の圧倒的優位が続くでしょう。ただし、人間が生み出した「作品」のコピーと微修正、カスタマイズで済むケースでは、機械に分がある、という事態は早晩訪れるでしょう。その場合でも、クライアントが気に入らずに却下し、少しずつ新味を取り入れて再合成する、という時に人間による判断が機械を補助する方が効率は良くなりそうです。

 経済的指標、評価尺度で評価されたい向きには「人間が行った方がはるかに効率良く、何千倍も低コストで迅速にこなせる業務(やその断片)は、少なくとも数十年以上の未来まで存在し続ける」、と冷たい表現をした方が好まれるかもしれません。

「AIを教育する」弁護士と「AIに指示される」弁護士に二極化

 2015年初めの1カ月ほどで全5回放映された、NHKスペシャル「NEXT WORLD 私たちの未来」をご覧になった方も多いと思います。50年後の近未来を描いたドラマも印象的でしたが、それ以上に、2014年に取材された今日の現実の方が衝撃的でした。

 第1回の公式ページには掲載されていませんが、未来予測をテーマにしたこの回には、米国の最先端の弁護士事務所が登場しました。ここでは、判例検索・引用やその適用法のコツをモデル化して「人工知能」(AI) に教え込むことができる一握りの超エリート弁護士と、人工知能の指示通りに動いて実世界を這い回る大多数の下級弁護士に二極分解しています。このAIが公判用の文章をほぼ自動生成し、下級弁護士はそれを一応チェックはするものの、基本的には、膨大な知識や可能性がある中で、AIの指示した範囲を出ないで作業するとのこと。彼らの年収は300万〜400万円程度に落ち着く可能性があります。

 ここで、わざわざカッコ書きに括って「人工知能」としたのは、自らモデル化して学習していないという意味で人工知能以前の通常のエキスパートシステム(知識処理を担う専門家システム)のように思われたからです。これが進化して一種のシンギュラリティ超え、すなわち対象世界のモデル化や知識のモデル化においても人間の能力を上回る、より本物らしい人工知能となれば、最初にそれを設計した超優秀エリート弁護士すら、将来は不要な存在になってしまうかもしれません。

 膨大な過去の症例から目の前の患者に適合するものを選び出す能力においても、米国TVドラマDr. Houseの主人公たちが扱うようなハイエンドの難しいケース以外のほとんどは、AIが素早く低コストで診断をしていくようになるかもしれません。

 以上は、法律、医療という伝統的に社会的地位が高く、高収入とされていた専門家集団の仕事がAIの台頭によって大きく様変わりする可能性を示唆してくれました。

オックスフォード大『あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」』

 英オックスフォード大学が702業種を徹底調査して判明したというリストによれば、現在、主にホワイトカラー業務・事務作業とされている仕事や、いわゆる職人的な仕事の約半数が機械にとって代わられる、との見通しが立てられています。その確率は90%以上とのこと。

 下記は、オックスフォード大でAI関連研究に携わるマイケル・A・オズボーン准教授、カール・ベネディクト・フライ研究員の著した論文『雇用の未来――コンピュータ化によって仕事は失われるのか』の中で、コンピューターに代わられる確率の高い仕事・職業で挙げられたものの一部です。

  • 電話販売員 0.99Telemarketers
  • 文書管理・サーチャー 0.99 Title Examiners, Abstractors, and Searchers
  • 仕立屋(手縫い) 0.99 Sewers, Hand
  • 計算オペレータ 0.99 Mathematical Technicians
  • 保険の裏書担当者 0.99  Insurance Underwriters
  • 時計修理 0.99 Watch Repairers
  • 集荷/運送エージェント 0.99 Cargo and Freight Agents
  • 税務申告書代行者 0.99 Tax Preparers
  • DPE,写真焼き増し 0.99 Photographic Process Workers and Processing Machine Operator
  • 口座開設担当員 0.99 New Accounts Clerks
  • 図書館の補助技官 0.99 Library Technicians
  • データ入力作業員 0.99 Data Entry Keyers

 以上が99%の確率で計算機に主な仕事を奪われる職種とされています。これらTop10を含む702の職種の中で、98% の確率でコンピューター化されるという仕事の上位11〜20位は、以下の通りです。

  • 時間計測器の組み立て・調整係 0.98 Timing Device Assemblers and Adjusters
  • 保険申請と契約処理担当員 0.98 Insurance Claims and Policy Processing Clerks
  • ブローカー補佐データ処理役 0.98 Brokerage Clerks
  • オーダリング処理担当者 0.98 Order Clerks
  • 融資スペシャリスト 0.98 Loan Officers
  • 保険の審査担当者 0.98 Insurance Appraisers, Auto Damage
  • スポーツの審判、審査担当員 0.98 Umpires, Referees, and Other Sports Officials
  • 金融機関窓口担当者 0.98 Tellers
  • 彫金師 0.98 Etchers and Engravers
  • 包装・梱包機器オペレータ 0.98 Packaging and Filling Machine Operators and Tenders
  • 購買担当者 0.98 Procurement Clerks
  • 出入荷・物流管理者 0.98 Shipping, Receiving, and Traffic Clerks
  • 平削り機械セッター、オペレータ(金属とプラスチック) 0.98 Milling and Planing Machine Setters, Operators, and Tenders, Metal and Plastic
  • 銀行等の与信分析担当 0.98 Credit Analysts
  • 部品のセールスマン 0.98 Parts Salespersons
  • 申請類の調整・審査者 0.98 Claims Adjusters, Examiners, and Investigators
  • 運転手や販売労働者 0.98 Driver/Sales Workers
  • 無線通信技師 0.98 Radio Operators
  • 法務秘書・パラリーガル 0.98 Legal Secretaries
  • 予約受付、会計・ Bookkeeping, Accounting, and Auditing Clerks
  • 検査官、テスター、並べ替え機、サンプル検査、計量の担当者 0.98 Inspectors, Testers, Sorters, Samplers, and Weighers
  • モデル業 0.98 Models

 以下、コンピューター化される確率が低い702位までのランキングが並んでいます。確率90%以上が171職種、確率80〜89%が93職種、確率70〜79%が51職種、確率60〜69%が56職種、確率50〜59%が32職種となっています。逆に、確率が1%未満のものは49職種あり、創造的な思考による問題解決を行うエンジニア、ソーシャルワーカー、キャリア(人生)教育をする先生や、分子生物学者などの研究者、結婚カウンセラーや、看護師、リハビリ療法士(確率0.28%)、緊急事態指揮官などが、彼らのモデリング手法による計算結果として挙げられています。いかにも、という職種が上下に多い中、一部の職人芸で「そんなに簡単にコンピューター化できるのかいな?」と思わされるものもあります。

 個人的に印象的だったのは、金融関係の業務担当者が多いこと。彼らの専門性、個別対応能力(裁量権と表裏一体)が意外に小さく、比較的容易にIT画面や対話ロボットに取って代わられると2013年時点で評価されていたことです。これを受けて、みずほ銀行、三菱東京UFJ銀行などのトップ銀行さん達が、近未来の大幅人員削減に向けて、ロボットや「人工知能」(具体的にはIBMワトソンなどの大量知識に基づく対話システム)の導入に一斉に走っているかに見えるのは思い違いでしょうか?

未来の職業の頂点に立つのは芸術家?

 さて、コンピューターによるビッグデータ解析の中間結果と対話しながら、人間ならではの高度な知的・論理的な洞察力と、結論を推論する能力により、機械以上に高度な判断がくだせる人々は生き残ります。特に、VoC分析AIサーバー のような強力な「弱いAI」を使いこなす意思のある人ならば(VoC分析AIサーバーは、問題解決への意思があり現場感覚を備えた人なら誰でも使いこなせるように設計されています)。

 このような知性のぶつかり合い、機械と人間の協調で最高の生産性、最適化を達成する業務ばかりが生き残るのではありません。上記702には、人間のメンタル、生理面へのサービスや、極端に複雑な緊急事態への対応など、合理的、論理的とは言い難い業務がコンピューター化されにくいものとして、低確率の数値とともにリストアップされています。

 加えて、前述のように、「倫理観に由来する価値判断や感覚、感性、感情、美意識」を生かした職業は、まだまだコンピューターを寄せ付けない能力、高い価値を人間が生み出し続けることでしょう。

 先日、某室内オーケストラの合宿にて芸術大学出身のプロ奏者の方と食事しながら会話したのですが、最近、ビジネス界、特にITや製造業のデザイン現場から、芸術系学部出身者(特に美術、デザイン)が引っ張りだこになっているという話を聞きます。人を惹きつけるウェブサービス、感性に訴えるデザインがロジック以上に高い価値を持つことは、ITの最前線に携わる人なら日々実感していることでしょう。

 米アップルを創業した故スティーブ・ジョブズの数々の業績にも、美的要素、感性、デザインが大きくかかわっていることを否定する人は少ないでしょう。かつて、iMacを見たビル・ゲイツが、色が豊富なだけで何の新しさもない無意味な製品だと言ったという噂(嘘かもしれません)を聞いたことがありますが、もしそれが本当なら、アップルのみならず、一般消費者がこぞってその発言を購買行動によって否定した事実が歴史に残ることでしょう。

 古き良き昭和時代、大企業サラリーマンになるのが「正しい男子の夢」とされていた時代に育った私は、父親から「芸術系学部にだけは行ってはいけない。"河原乞食"になるぞ!」と脅された記憶があります。母方の叔父の1人が東京芸大のチェロ科を出て、経済的にはあまり恵まれない生活をしていたのを横目で見たことから、父の言葉には一定の説得力がありました。30年以上前の大学生時代にも、所属する音楽部管弦楽団を指導する弦トレーナー(故人、奇しくも件の叔父と芸大で同期でした)T先生も「プロにだけはなるなよ。心の底から音楽を楽しんでいるだけでよい。今の君たちアマチュアの素晴らしさを捨てることになるのだから」と説諭され、複雑な気持ちになったのを今でも覚えています。

 しかし、今や、その芸術家こそが、最も人工知能に追いつかれにくい、ひょっとしたら永遠に機械を振り切ることのできる、ユニークでオリジナルな表現、付加価値をもたらす最高の職業として、そのプレゼンスを日々、高め続けているのかもしれません。

 もっとも、先の合宿での雑談の結論は「美校(美術学部)はいいですよね。企業から熱い注目浴びてもてはやされて。でも音校(音楽学部)は相変わらずですよね(笑)」というものでした。ですので、同じ芸術でも分かりやすい応用のあるジャンル・対象と、深く新しいビジネスモデル等を考えてIT専門家などと丁々発止のコラボ、ブレストなどをしないとなかなか価値が示しにくい専門もあるかもしれません。

 ただ、「音楽」の名誉のために付言するなら、J.S.バッハの知能指数や数学的能力が非常に高かった、と推定されているように、音楽と数学の能力には高い相関があることが知られています。畏れ多い元同僚のマービン・ミンスキー博士もバッハ演奏で素晴らしい能力を披露していたように、知性を反映した芸術的能力で商品・サービスを差別化する必要が生じるまで、デザイン競争が先鋭化してくれば、音楽性と称される人間の謎の能力が引っ張りだこになる日もそう遠くないのかもしれません。これはクラシック音楽のみならず、実は、即興でアレンジ、作曲した新鮮な価値をリアルタイムで生み出し続けるジャズの世界から、産業的価値が生み出される胎動を、ライブハウスなどで最近感じているのであります。

「なぜ?」を問い続ければ機械と差別化できる

 NHKで毎週放映されているスーパープレゼンテーションこと、TED talkには、たまに指揮者など芸術系のスピーカーが登壇します。

 指揮者についてのこの講演などは、ビジネスリーダー、プロジェクトリーダーはどうあるべきかについての深淵な示唆を与えてくれるのみならず、なぜこの演奏はこう生き生きしているのだろう、という疑問へのヒントも与えてくれます。

 そうです。この「なぜ」という問いかけこそ、自意識や価値観、世界観、人生観を当面は持てないでいる人工知能が最も苦手とする部分なのです。「なぜ」の答えには、具体的回答から、禅問答のように抽象的なレベルまで、様々な飛躍したレイヤーの回答があり得ます。そのどのあたりが相手にとって適切なのか、常識や、相手の反応に応じて絶妙に切り替えるような人工知能ができるにはまだまだ、見通せないくらい遥か遠い道のりがあります。

 「なぜ」という問いかけは、物心ついた小さな子どもが両親を悩ませるがごとく、シンプルに誰でも、どんな対象についても発することができます。しかし、回答は難しい。ファストフード店のアルバイトの身分から、この「なぜ」を自問自答し、ときに周囲に発し続けた結果として、その国のファストフード・チェーンの社長CEOまで上り詰めた例がある、と聞きます。「なぜ?」という問いをきっかけに目に見えない要因を突き止め、それを基に、様々なビッグデータ解析ツール、ツールを使い分けるなどして未来を予測し、抜本的な問題解決に至る斬新なアイデアを発案することは当面、人間にしかできないでしょう。

 この意味で、先の702の業務の生き残り確率にはとらわれず、どんな職業のどんなポジションにおいても「なぜ?」という問いを発し続けることで、人間らしい問題解決、機械には追従できない新発見を成し遂げ続けることは可能でしょう。こう考えれば、オックスフォード大学の論文など怖くない、といえるのではないでしょうか。

 そもそも、ラッダイト運動に始まる機械脅威論、ロボット脅威論には、マクロ経済的な視点を欠く面があります。すなわち、単純労働、辛い労働(かつては肉体労働)を機械が代行してくれるなら、人間は、根本的に「楽ができる」ようになるわけです。よほど、政財界トップが確信を持って低所得層を不幸にしよう、彼らに所得を分配するのはやめよう、とでも考えない限り(そうならない保障はありませんが)、機械が単純労働、辛い労働を担ってくれることで、人間はより創造的で楽しい業務に専念できるようになるはずです。

 単純事務からも解放されて、いわゆるベーシック・インカムで、最低限の生活なら「遊んで暮らせる」生活が訪れてもおかしくはありません。このマクロ的な予測を恐れ悲観する理由などどこにもない、というのが、AIやロボットによる人類の未来への悲観論に対する大きな反論です。

 AIの現場にいる人ほど、邪悪な意思を持つAIの開発などがいかに困難であるか、よく分かっています。彼らが今日(こんにち)恐れるのは、ソフトウエアのバグで人に危害を与えることです。勝手に人類を邪魔者、敵とみなすことのないような制御回路を先回りして設けることなど、人間が、量子コンピューターの数百種類の斬新なアーキテクチャを考える際に、十分余地があるでしょう。

 人工知能にまつわるつまらない悲観論はやめましょう。今現在、1度きりの人生をどう充実して、創造的に生き抜くのか考えることこそが、先の702種の仕事の機械化確率を提示された時に取るべきリアクションではないでしょうか。「自分はこのジャンルでこんな夢を実現したい。なぜなら、こんなビジョンが現実になれば、人々がこのように幸福になれるからだ」と一歩踏み出してみましょう(ちなみに人工知能は希望や夢をいつ抱けるようになるのでしょう?)。そうすれば、そのためにはどうしたら良いかの "How to" は、いくらでも人工知能的な賢いサービスが教えてくれるようになることでしょう。  人工知能たちが世界中のビッグデータ、オープンデータを解析して夢の実現のための手掛かりを見つけて提示してくれる素晴らしい時代が目の前に開けている。この連載の読者の皆様がこのように感じてくれたとすると、望外の幸福であります。

posted by メタデータ at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | business

2015年10月14日

「賢いコンピュータ」が繰り出した、まさかの反則技

Dr.ノムランのビッグデータ活用のサイエンス」連載(初出:日経ビジネスOnline)の23回目です。

「賢いコンピュータ」が繰り出した、まさかの反則技

人工知能ブーム再燃の真実(その8)

2015年10月16日野村 直之

 SF作家アイザック・アシモフのロボット工学三原則に私が初めて触れたのは、1973年頃に読んだ『鋼鉄都市』(原題:The Caves of Steel)でした。感情をむき出しにするニューヨーク市警刑事と、人間そっくりのロボット刑事が「2人」がペアとなって互いの長所を生かして、何十年ぶりに起きた、論理的に考えて不可能と思われる殺人事件を解決していきます。

 昨今流行りの「人工知能脅威論」が気になる方や、人間の仕事が機械に奪われて失業者が溢れるのではないかと心配される方は、この『鋼鉄都市』やその続編の『はだかの太陽』(原題:The Naked Sun、「剥き出しの太陽」の方が原意に近いと思います) を読んでみることをお勧めします。後者の『はだかの太陽』では、理想郷を目指して地球人が進出した惑星ソラリアで、わずかな人口の人類が広大な土地に離れて暮らしており、立体視覚通信システム(今でいう仮想現実VRシステム) で必要な時だけ瞬時にコミュニケーションしています。そして、1人ひとりが2万体ものロボットにかしずかれ、豊かな暮らしを享受するという1つの極端な未来イメージがその副作用とともに描かれています。

アシモフの「ロボット工学三原則」

 アシモフが一連のロボットSF小説シリーズを30年にわたって執筆する中で一貫して前提とされてきたロボット工学三原則は、次の3カ条からなります。

  • 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
  • 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
  • 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

 ―2058年の「ロボット工学ハンドブック」第56版 、『われはロボット』より。

 初期の比較的単純なロボットの場合、次のような行動が見られたことが描かれました。第一条に従って倒れた人間を救いに近づこうとしたら、有害ガスに阻まれ、第三条が作動して元の場所に戻る。そこで自己への危険が去ったので、再び人間を救いに近づこうとするが再び有害ガスに阻まれて…というのを延々と繰り返した、というものです。

コンピュータが「反則技」を繰り出した!

 このロボット工学三原則は、技術がいくら進歩しても実現できないかもしれない、などと伝統的に議論されてきました。

 各条を守るために、ほぼ無限の可能性を検討して評価し尽くさなければならない、という『フレーム問題』というのがあります。この問題を回避するために、汎用的にさまざまな事態に対処することを諦めて、特定の問題解決に絞った人工知能(もどき)しか当面は作れないだろう、という議論もありました。

 目的を、将棋に勝つことだけに狭く絞ったコンピュータプログラムでさえ、この問題に突き当たったように見えた出来事が最近起こりました。ある将棋プログラムが、対戦中の計算量を節約するために、過去の膨大な対戦履歴データ中に存在せず、常識では考えられない反則技に陥るプロセスの評価を省略してしまいました。このため、対戦相手(人間)のある手をきっかけに、反則技を繰り出して人間に負けてしまったという珍事です。

 これについて、複数の棋士・関係者による見解が述べられているのを見ると、自分に王手がかかっているにもかかわらずそれを放置したということで、確かに、人間が盤面を見ていれば一目瞭然で、まず犯さない過ちだったろうというのが印象的です。王手を回避する、というのは、将棋の基本中の基本原則。自分を守る原則ということで、ロボット工学三原則の第三条に似ているといえるでしょう。開発者によれば、毎回ゼロからプログラムを作っているので、今回はたまたま作りこみ忘れていて、それを本番まで気づかなかったということです。

 コンピュータ科学の分野では、何かの制約条件を守りながら最適な解答を見つけ出すための問題解決手順(アルゴリズム)が多数考案されてきました。しかし、1日に訪問する客先を最短ルートで回るにはどうしたらいいか?(『巡回セールスマン問題』)など、一見単純・簡単そうな問題でも、計算量が爆発し、数十、数百の要素になっただけで、現在のスーパーコンピュータでも、太陽系の寿命の何百倍の時間の計算をしても計算が終わらないことが証明できてしまった問題もいくつもあります。

 その解決には、現在のディープラーニングや、発売されたばかりの単純な量子コンピュータがもっと高度に進化して、現在と全く違う原理で問題解決できるようにならなければならない、と考える研究者が多いです。あるいは、良い意味で人間のように「適当に」常識の範囲で、少ない解決案の検討ですませることになるかもしれません。この場合、ロボット工学三原則を機械に守らせることは実際上、不可能になってしまうことでしょう。

 Wikipediaにも解説されているように、アシモフによれば、ロボット工学三原則が適用されるのは自我を持って自分で判断を下せるロボットに限られています。

 "ロボット工学三原則が適用されるのは自意識や判断能力を持つ自律型ロボットに限られており、ロボットアニメに登場する搭乗型ロボットなど自意識や判断能力を持たない乗り物や道具としてのロボットに三原則は適用されない。現実世界でも無人攻撃機などの軍用ロボットは人間の操作によって人間を殺害している道具であるが、自意識や判断能力を持たないため三原則は適用されていない。"

 ところが、現時点で自意識、自我とは何であるかの定義は不明確であり、その実態は科学的に解明されていません。そこでこの制約をはずして、家電製品を含むあらゆる機械にこれらの原則を適用できるよう個別に設計してやればいいじゃないか、という議論が説得力を持ちます。しかし、どんな機械が相手としても、ロボット工学三原則を守らせる、すなわち、実装することは容易にできるのでしょうか?

ロボットが「ロボット工学三原則」を守るのは困難!

 最近、第一条を守らせる実験によればロボット工学の原則を守らせるのは実際的に困難だ、という記事が出ました:

「実験の結果ロボットがロボット工学三原則を守るのは困難だと判明」

 人間役のロボットが穴に落ちるのを、第一条を実装された「倫理ロボット」が防ぐことができるかどうか。英ブリストル・ロボティクス・ラボラトリーのロボット学者のアラン・ウィンフィールド氏とそのチームが実験したところ、守る相手が1体のときはうまくいくが、2体の人間役ロボットを相手にした途端に倫理ロボットは混乱をきたし、相手をうまく守れなくなったそうです。2体のうちどちらを守るかの決断を迫られたときに、機械らしく、「厳密に考え」ようとして迷って時間をロスし、2体とも救えなかったケースがあったといいます。

 もちろん人間でも、同じように混乱して文字通り二兎を追う者一兎をも得ず、という結果に終わることも多いでしょう。しかし、これは価値観の違いや、論理的な思考(計算)の速度がコンピュータよりはるかに遅いせいであり、コンピュータ(人工知能)ならそんな問題はないのでは? という楽観的な予測もあったことでしょう。実験結果を見ると、実際の日常世界で起こる多様な出来事において、ロボットに三原則を守らせることが非常に困難ではないか、と予感させるものがあります。

 ロボットに三原則を守らせることが困難ということは、自動運転車が実用化されようとしている昨今、深刻な問題といえます。例えば次のような事態をイメージしてみましょう。

・走行する道の横断歩道を、黄信号や赤信号になってから横断してくる人の安全を確保しながら、自分が進路をそらして電柱にぶつかって搭乗者に怪我させないようにもしなければならない。

 瞬時に膨大な思考(計算)と様々な判断をやってのけなければならないのは明らかだと思います。

 相手に怪我をさせることでより多くの命だけは救える、という難しいケースを想定してみましょう。こんなとき、あらかじめその通りのシナリオをプログラムされることなく、未知の事態で学習しながら適切な判断を下せる自動運転車ができるのは遠い未来のことのように思えます。

「自動運転」は交通事故を減らせるか?

 先日、ドイツの航空会社の副操縦士が自ら搭乗機を墜落させた事件の直後、「人間よりも機械に乗り物を操縦、運転させた方が安全なのでは?」という論調が流れました。しかし、仮にも何十年と教育を受け、暗黙知なども身に着けながら経験値を上げてきた人間なみに安全遵守能力(安全性能)を向上させるのは、かなり難しいのではないでしょうか。航空機の操縦だけの知識やテクニックに絞った専用人工知能を開発したとしても、先の将棋の反則技を繰り出すようなことは起こり得るわけです。このときの「反則」が想定外だった事態、例えば、計算の結果、海中に潜って空中の障害物(光線の加減を誤認した場合を含め)を回避する、などの手を繰り出してしまう可能性を根絶できるのでしょうか?

 実際に人命を左右するような応用を行う前に、さまざまな実験を徹底的に行って解決策を講じる必要があるでしょう。そして製品のリリース後も、別の人工知能を備えた交通制御システムなども協調的に支援する、などの対策を追加していくことになるのではないでしょうか。

 以上のように安全性を深く考えるのは必須だと考えつつも、やはり最終的には体調や精神状態が怪しい人々が多数、車を運転している現状よりも交通事故は減ってくれるだろう、と楽観しています。もちろん「自動運転車は馬を目指すべき」と提案させていただいた稿でも示唆しましたように、最終の意思決定を下す人間と機械の役割分担、インタフェースをとことん考え抜き、テスト、評価し抜いて、より適切な知性と感覚(センサー)を装備していくべきです。

 新たな発想も必要になり、社会的な合意も必要になってくるので、伝統的な日本のメーカーがあまり得意ではない領域かもしれませんが。それでも冒頭の『鋼鉄都市』が1950年代に描いていたように、人は人の得意なこと、機械は機械の得意な能力を巧みに結び付け、協調させることで、より良い問題解決、安全性の向上になることは間違いないでしょう。

 ヒューマン・エラーをどう低減させるか、というだけの一面的な発想では、機械の位置づけについてのダイナミックな発想が出にくいと思われます。この点、人工知能、あるいは人工知能的な哲学が、新たな視点、発想を提供することができると思います。

posted by メタデータ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | semantic

2015年10月02日

AIの健全な産業応用を考える

Dr.ノムランのビッグデータ活用のサイエンス」連載(初出:日経ビジネスOnline)の22回目です。

AIの健全な産業応用を考える

人工知能ブーム再燃の真実(その7)


 この連載はもともとビッグデータ分析の科学ということでちょうど1年前にスタートしました。多忙なITベンチャー経営の傍ら1年間、1度も欠かさずに書けたことに我ながら驚くとともに、ご協力いただいた方々、お取引先やメタデータ社の役員、社員には深く感謝しております。

 今回は「なぜ人工知能の話題が最近は多いの?」という疑問にシンプルな回答を書いてみたいと思います。

企業のニーズ:「データそのものはいくらでもあるし、収集や、ある程度の整備のめどは立った。でも最終的に経営改善、業績改善につながる分析結果を導き出すのに、生のビッグデータに人間がいきなり徒手空拳で(手作業で)臨んでも新たな知見など出てこない。そこで、コンピュータらしい力技を発揮して、従来は解析困難だったタイプのデータを、人間が見て何か発見したり仮説検証(定性的・定量的)したりするのを支援してほしい。」

 ビッグデータのブームが一段落したらやはり、人間技では対応できない解析、分析がネックになった。だから、強力な「弱いAI」が必要になった。そのため、人工知能への潜在的な期待が高まり、それに応えるソリューションも出てきたことで(たとえばVoC分析のこれ)、必然的にさまざまなメディアでも取り上げられるようになった、と考えていいのではないでしょうか。

 「従来は解析困難だったタイプのデータ」としては、非数値系のデータ、例えば不定形のテキスト(自然言語)のデータとか静止画像、動画像、音声信号の生データがあります。

 画像は、撮影・編集日時などの5W1H情報や映っている内容についてキーワード入力されたメタデータの類ではなく、画像そのもののことです。これらを扱うには、文章の構文解析、それを超えた意味解析や文脈解析、「常識」知識に照らした推論などが必要になったり、画像の膨大なピクセル情報から映っている人物や事物、背景映像が何であるか、いわばどんな意味内容を含んだ映像であるかを画像認識したりしなければなりません。両方とも、広い意味の「パターン認識」ととらえることができます。

「パターン認識」は人工知能の目や耳

 「パターン認識」、あるいはもっと広く「認識」というのは、「学習」「思考」とは異なるものです。ですが、通常のコンピュータ処理とは異質の、人工知能と呼んでも良さそうな感じがします。人間にしかできないというよりは、目や耳を備えて、危険を認識できる動物全般の能力といって良いでしょう。

 入力された生データは、画素数や文字数で数えると膨大な量になります。しかし「猫の尻尾が映っている」という認識結果(人によっては「画像の意味を理解」したと解釈するかもしれません)は、猫という記号と、その一部、尻尾という記号だけという、極く僅かな情報量(Byte数)に変換されます。

 このように「認識」あるいは「理解」するために、脳内の、さまざまな画像の特徴を記憶したデータベースと、その概念を理解した結果を格納した「辞書」のようなものを使っていると思われます。さらに、猫の尻尾に似ているけれど違うものについて、過去遭遇した場面、出来事の経験に照らして、例外扱いしたりすることもあるように思えます。

 「パターン認識」は、30年以上前から産業界で実用化されています。有名な応用の一つに、NECがいち早く手がけ、今やおそらく全世界の警察が活用している、指紋照合システムがあります。

 犯行現場などで見つかった指紋を、ホストコンピュータのデータベースに格納されている何千万人分もの両手(や両足?)の指紋と、あっという間に照合してしまいます。人間技ではない超高速、ビッグデータ対応が最初から実現していますので、強力な「弱いAI」ということができます。

 何十年も前から実用化されている、あまり有名でない、地味な応用に、工場で生産される薬の錠剤の形を人間に代わって「見て」、規格外の形状のものを排除するためのビデオ・センサと呼ばれるシステムがあります。音声認識、文字認識の世界では、元NEC研究所から九州大学教授に転出された迫江博昭博士が、DPマッチングという手法で、認識対象が、ひな形(「辞書」に入っている単語音声信号や文字画像)から、「変形」(音声の伸び縮みや画像の歪みなど)しているズレを吸収するアイディアを出し、当時の低速な計算機でもパターン認識ができるよう、郵便局用の音声認識機械や、手書き文字認識のシステムを実用化しました。

 人工知能という言葉は、専門家の間でも定義がはっきりしていません。個人的には、パターン認識は「学習」や「思考」、「感情」、「言語理解に基づく本当の対話能力」などとは違うので、人工知能からはずしたいと考えています。そこで、本セクションの小見出しは、「『パターン認識』は人工知能の目や耳」としました。

 だいぶ以前から実用化されているけれども、指紋や錠剤の形、手書き数字(郵便番号など)など、かなり専門特化した応用事例が多かったといえます。

 昨今は、人型ロボットが市場に出てきたことなどにより、汎用性の高いパターン認識へのニーズは高まりつつあるように思います。しかし、その場合でも、どんなものを見分け、聞き分ける必要があるのか、そのために、どれくらいの精度が必要なのかについて、いくつかのケーススタディについて具体的に見積もるべきだと思います。

 そして、現在の技術で、コストに見合う投資額で済むかどうか、きちんと見極めること。人工知能搭載だから賢い、などと思考停止したやり方では、本来うまくいくはずの応用でも失敗してしまいますので、くれぐれも注意したいところです。

社会の重要な裏方としてのAI

 前節で、警察署や郵便局、工場という応用現場に言及しましたので、「社会の重要な裏方」として機能するAIについて、少し考えてみたいと思います。

 2014年度に放映された、放送大学の専門科目現代化学第6回「機能性物質の化学1 〜物質の機能とは」(担当講師石井菊次郎学習院大学教授)では、冒頭で、撥水性繊維でできた布にコーヒーをこぼして見せて視聴者を驚かせた後、「社会の重要な裏方」として働く物質として次が挙げられています:

  • 接着剤・塗料など(ニカワからエポキシ樹脂、低融点ガラスへ)
  • 表面処理剤・潤滑油など
  • 印刷インクなど

 なるほど確かに、「日本の主要な塗料メーカー、潤滑油メーカー、インキメーカーを3社ずつ挙げなさい」と言われて即答できる人は少なさそうです。ですが、これらの製品が住まいや乗り物、工作機械、そして書籍や、印刷技術で作られるファッション・アイテムなどを支える、必要不可欠の存在であることに異論ある方は少ないでしょう。

  物質、材料を「部品」ととらえ、「社会の重要な裏方」として働くハイテク部品の例を考えてみると、日本企業しか作れないといわれていた部品の例として、

  • エンジン内部の超高温でも何年も劣化しないバネ
  • 一度締めたら絶対緩まないネジ

などが思い浮かびます。この他にも、日本の中小企業が世界需要をほぼ独占しているようなハイテク部品には枚挙にいとまがないでしょう。

 上記のような材料技術、部品製作技術が不断に改良され、応用製品を通して市場に出て、社会に貢献している産業分野は非常に健全であると言えるでしょう。

 その一方で、高性能化や安全確保に必要不可欠な技術開発が、(戦時に異常にスピーディに安全無視で技術開発されてしまったなどにより)積み残され、置き去りにされてしまった核関連技術の分野では、70年以上未解決の高レベル放射性廃棄物問題を引き起こしていたりします。比喩的にいえば、腕力や胸の筋力ばかり発達して足腰がまるで脆弱なアスリートみたいなものかもしれません。これでは、いくら当座、産業応用ができてしまっていても、大変な危険と厄災をもたらす事故や解決の目途が立たない廃棄物問題により市民が脅威にさらされ続けることになりかねません。

 人工知能についても、同様の危険があるでしょうか? 「これ一つでどんな問題も解決できる万能のAI」などが本気で喧伝され、無理を承知で強引に現場に適用されたりしたら、あるいは、本当に整備すべきだったデータやロジックがなおざりにされ、当面は人間が担う方が精度面でもコスト面でも優位なところに予算が回らないような事態が生じるかもしれません。

 これは、AIが、生物さえも成し遂げなかった、自らの意思による進化、自己改造など引き起こす「シンギュラリティ」を心配しているのではありません。もっと手前で、従来の工学、産業応用の基本プロセス、発展段階を踏まえ、社会の重要な裏方としてAIが機能するのをすっ飛ばして、派手な役回りのみが持ち上げられ、結局その反動で失望が広がったり、普通の機械、技術と共通する身近な危険が放置されるのを恐れています。

 次回、シンギュラリティ以前の未熟なAIが人々に危害を加えないかを考えるため、ロボット工学3原則について取り上げようと思います。



posted by メタデータ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | semantic