2015年03月18日

既にそこにあるビッグデータとの対話(その1) 〜破壊的に安く、早くアプリを作る

 前回、既存知識がほとんど無料になった時代の象徴として、米マサチューセッツ工科大学(MIT)が最初に無償公開を始めたOCW(オープンコースウェア)と、米スタンフォード大学のコーセラ(Coursera)の話題を取り上げました。OCWが元祖で老舗ながらも、文脈からはeラーニングとしては古臭いかのような印象を与えたかもしれず、最新の取り組みの方もご紹介しておかないとフェアじゃないな、と思っていたちょうど良いタイミングで、友人である宮川繁教授(MIT および東大)が寄稿した記事が日本経済新聞に掲載されました。
『東大、米大学とネット提供 講義公開で「知の革命」 宮川繁 マサチューセッツ工科大学教授(東京大学特任教授) MIT、月に140万人 思考も国境越える』2014/9/15付 日本経済新聞 朝刊

 スタンフォード発のコーセラの刺激は当然あったと思いますが、固有名詞としてのコーセラを包含する普遍的なシステムであるムーク(MOOC:Massive Open Online Course=大規模公開オンライン講座)の立ち上げにMITとハーバードというボストンの2校、それに宮川教授が兼務で取り持つ東京大学が加わって、知の世界の体験を大規模に地球上に広めようとしています。

 私は、OCWを提案した検討委員会の当初メンバーで、数年間OCW教員諮問委員会議長を務めたが、なぜMITは全教材の無償公開を始めたのかとよく聞かれた。
 その時いつも紹介したのは「お金は分けると減るが、知識は分けると増える」という、MITのチャールズ・ベスト前学長のことばだ。オープン・エデュケーションの理念はここに尽くされる。ムークやOCWなどを通じてオープン・エデュケーションを行うことは、実は大学のミッションを具体的な形で実行することであり、だからこそこれだけの支持を集めたのだ。― Prof. Shigeru Miyagawa(MIT & Univ. of Tokyo)

 私が1993年から94年にかけてMITにお世話になっていたときの学長がベスト教授でした。「お金は分けると減るが、知識は分けると増える」という言葉は懐かしさとともに、さもありなん、という気がいたします。これまでの連載でも触れましたが、知識を囲い込んで(実は公開されている情報に過ぎないのに売り込み相手にだけは隠して)“チラ見せ体験”を割引販売する情報商材のようなビジネスが、いかに不自然でゆがんだものであるかまで言い尽くしていると思います。

 与えよ、さらば、与えられん。

 お金を頂戴できるのは、個別の問題解決にまで踏み込んだり、そのためのツール、整備済みのデータを提供して初めてその対価が発生する、と考えて良いように思います。

整備済みのビッグデータを背景に持つGoogle Maps

 さて、ビッグデータなんて日ごろ縁がない、見たことも聞いたこともないとおっしゃる人も、知らず知らずのうちにビッグプレーヤーたちが提供するビッグデータのお世話になっている、と言われたら驚かれるでしょうか。

 ウェブで何かの施設の場所や、企業の地図を調べたことがある人なら1度は使ったことがあるGoogle Maps。と言えば「なーんだ!」という反応の方がほとんどと思います。

 ふと、「日経 野村直之 Google Maps」の3語で検索してみたところ、8年前に執筆したこんなページが見つかりました。
「Google Maps for Enterpriseに見るGoogleらしさ」

 2005年のこと、対話的で消費者が発信するウェブといわれたWeb2.0が企業情報システムにも浸透すると予言したら、不謹慎極まりない!とお叱りを受けましたが、12月に世界で初めて、メタデータ社の当時のウェブサイトに“Web2.0 for Enterprise”という言葉を載せました。それから半年ばかり後に書いた上記の記事は、私の予想通り“Google Maps for Enterprise”が登場したけれども、ビジネスモデルは労働集約型のサポートサービスとなり、到底Adwordsのような高収益のマネタイズは難しいだろうと示唆したものです。

 あれから8年も経ちますが、有料アプリとしてのGoogleAppsが広告事業にとって代わり得るようになったようには見えず、Microsoft Officeを脅かしつつも消耗戦になっているだけではないか、というようにも見えます。であれば「Googleらしさ」を失ってでもソフトウエア(SaaS、クラウドサービス)の利用から直接収益を上げる方向へ舵を切れば良いのに、などと思ったりします。

 「破壊者Googleへの恐怖」を語る切り口で言えば、従来のシステム・インテグレーションを、エンタープライズ・マッシュアップによって大幅に簡便化し、価格破壊を起こしつつある、と言うこともできます。このようにみれば、決して小さな出来事ではなく、IT業界(特に日本のIT業界)の体質転換を迫る歴史的事件、とさえ言えるかもしれません。

 しかし、この体質転換は、IT業界にとっても良いことであり、もちろん、ユーザー企業にとっても歓迎すべきことである、と考えています。次回以降、この観点で、今後の企業情報システムのあり方について考察してまいります。――野村直之(2006年8月)

 「価格破壊」については、当時ベストセラーになった梅田望夫さんの「ウェブ進化論」のエピソードが印象的でした。彼が社外取締役を務めていたNECの役員会で、Google Mapsに桜前線をオーバーラップさせたウェブアプリのデモ版を見せ、開発費用を他の役員さんたちに当てさせた時のことです。ある役員が「5億円!」と言ったのに対して、梅田さんは「一人のマッシュアップ技術者の3日分の人件費と機材使用料入れて13万円位」と答えたという趣旨の話が紹介されていました。

 マッシュアップとは、既に世の中にあるプログラミング素材であるAPIを使うことで、数行のコードを書くだけで容易にアプリケーションを作れる、一種の破壊的なプログラミングの流儀です。マッシュアップ・プログラミングのコンテストも10回目。メタデータ社の関わりも10年目で、8回連続でプログラミング素材としてのAPIを提供しています。

 ちなみに今年は10月24日の締め切りまで十分時間がありますので、皆様ぜひ「願望検索(したいこと検索)」、「ネガポジAPI」、「感情解析API」、「5W1H抽出API」などのテキスト解析APIを使って、お手持ちのデータを解析して引き出した価値にアイデアをまぶし、面白くも有用なアプリを開発してみてください!企画専門、アイデアソンへのご参加も歓迎です。


 Google Mapsのマッシュアップはまぎれもなく、背後に備わった整備済みのビッグデータを素早く、極めて低コストで活用する手法として、この8年間ですっかり定着したと言えるでしょう。世界最大のAPI情報ポータルであるProgrammable Webには、2014年9月15日現在で2550のマッシュアップ・アプリが登録されています。さまざまな応用事例、アイデアのバリエーションを辿ってみることができます。

 2006年初め、ITベンチャーを起業した直後の私は20、30とビジネスプランの草稿を書いても、どれもグーグルが物量にモノを言わせた無料サービスで蹴散らしてきそうで、夜中に恐怖で冷や汗かいて飛び起きるような日々でした。そんな中、知人が1000人以上いる企業情報システムの世界で、いち早くGoogle Maps/Appsを足掛かりに健全な価格破壊と利便性の提供、短期間、低コストでシステムを入れ替えられる体質にすべしと書いて発表したのは、自分のことを棚に上げていたようで赤面ものですが、少々早過ぎたこの提言は大きくは間違っていなかったのではないでしょうか。

既存のカーナビを優に駆逐しつつあるGoogle Maps

 ビジネス的なコメントは以上にして、Google Mapsの中身を見ると、ついに日本独自のハードウエア一体型ITの雄だったカーナビを滅ぼしかねないほどにまで成長しました。

 週末にレンタカーを借りましたが、オプションのカーナビは付けずに、その位置にNexus5を立てかけて、Google Mapsによるナビをずっと起動させておきました。

Nexus5で動かした、Google Mapsのカーナビ機能

 1度使えば分かりますが、これで十分です。視力にハンディのある人ならば、無線ルーターと、7インチから9インチ位のAndroid Padを持ち込めば良いでしょう。

 以前所有していた(文字通りの炎上で壊れた)10万円ほどの専用カーナビと比べて、恐ろしいほどきめ細かく高精度です。5メートルも狂うことなく、実に正確に現在位置をトレースしてきます。Quad Core 2.26GHz、メモリ2GBというパワーにも助けられていますが、何よりもクラウド側に、専用カーナビのDVD1枚程度の容量では到底太刀打ちできない膨大なデータが常に最新の状況に合わせて更新されているのだから、勝負にならないことは最初から―――そう、よーく考えていれば、8年前から分かっていたのではないでしょうか。

 今回からは「データと対話」の延長として、それをAPIやウェブアプリという形で使いやすくされたものを低廉に誰もが活用できる、というスタンスに移りました。ウェブアプリといえば、膨大な個人属性や企業情報等を擁するフェイスブックの広告出稿画面を使って、従来では考えられなかった精緻なマーケティングを実施できるようになったことに触れなければなりません。次回以降、生データ、ビッグデータと対話しながら、自分の事業のターゲットを絞り込み、より精緻にシフトするというのはどういうことか、具体例を通じて示してまいりたいと思います。

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2015年03月04日

なぜ「データと対話」しなければならないか(その4) 「オリオン」はビールか星座か

 私は現在、法政大学専門職大学院イノベーションマネジメント研究科で、「ソーシャルメディア論」の講義をしています。ちょうど「データと対話」を実習してもらう機会があり、さりげないブランド名や商標について、取りこぼしが少なく(高再現率R)、勇み足・エラーが少ない(高適合率P)外部データの収集がいかに難しいか、体感していただきました。その中で、単位のためでなく授業を取ってくれている山本千誉さん(石垣島出身。故郷で中小企業診断士を開業すべく奮闘中)が真っ先に挙げてくれたお題「オリオンビール!」がとても良い例題だったので、机上でデータと対話しながら、質の高いクチコミの収集を試みてみます。

 意思決定や次期施策をまとめるために、欲しいクチコミだけを必要なだけ集めたい、という課題を共有してみてください。

 前々回、「ジョージア」を例に、「結果を見るまでは、どんな検索式が適切か分からない」と主張いたしましたが、どうもこの具体例がいま一つ特殊ではないか、とのコメントをいただきました。急に涼しくはなりましたが、まだまだ仕事帰りの生ビールが美味しい季節ですので、身近な例として、ビールの名前に言及しているツイートを集めてみることにしましょう。新たな目標は、“本音メディア”であるツイッター上で、“オリオン” ビールのクチコミを集めることです。

 国内で販売されているビール類(エール=aleや発泡酒、いわゆる第三のビールを含む)は、数え方にもよりますが千数百種程度も存在しています。その中には、ほとんど正式名称で呼んでもらえなかったり、「生中!」などとブランドを指定してもらえず、記事の後のほうでやっと銘柄がかすかに推察できるようなケースもあります。「水曜日のネコ」のように固有名詞と言い難いようなブランド名や、地名の通称ではないかと思われるもの(“Coedo”=小江戸:埼玉県川越市の通称)も存在します。

 「一番搾り」くらいになってしまえば、もはや普通名詞として使われる(醤油、麦芽等の一番搾り)ケースのほうが無視できるくらい稀なので逆に心配いりません。ユニークな一意に定まる略称であれば大きな問題はありませんが、多種多様な文脈に出現する固有名詞はなかなかやっかいです。

 このように、いろんなジャンルの固有名詞が存在する代表例が「オリオン」でした。まず、シンプルに、オリオン とだけツイッターの検索フォームに入れてみましょう。検索対象は「すべて」です。

オリオンビールのクチコミ集めは、大変!

 9月1日朝の時点では、こんな結果が出ています。

  • 「ごめんオリオンならとっくに潰してるんだ」
  • 「9/14の15時から宇都宮市オリオンスクエアで宇都宮カクテルクラブの33店舗のバーが本格カクテルをお出しします」
  • 【交換希望】AGF AMNESIA(アムネシア) ジェネオン 缶バッジの交換して下さる方を探してます。《譲》オリオン(300円+送料で譲渡可能です。)《求》シン、トーマ、ケント 宜しくお願いします。
    http://twitpic.com/dntbny
  • オリオン現る Orion Appears
    http://blog.polaris-hokkaido.com/2014/08/orion-appears-6.html
  • 【ラバーグッズ譲渡】ブラコン,アムネシア,薄桜鬼,P4,WORKING,日常、右京,光,梓,弥,絵麻,ケント,ウキョウ,オリオン,土方,りせ,ぽぷら,麻衣
  • 【ライブ情報】『RESTORATION』出演決定 9月15日(月・祝) OPEN 15:00
    ※PrizmaXのライブは18:30〜スタート予定です(終演後、特典会あり)
    ■場所 沖縄・ホテル オリオン モトブ リゾート&スパ
  • オリオン
  • 本日のC-1プロレス、19時開始予定です!はい!私も出るのはこれです!時間間違えてたー!良かったら皆様見に来てください!オリオンスクエアでやってます!
  • 今年オリオン座が無くなるらしい。爆発するのはベテルギウス。

(・・・途中、かなり省略・・・)

  • 「君がオリオン 1」 後藤みさき | ためし読みはこちら=> | フラワーコミックス
  • 【キーンランドC】武豊復帰!好調オリオンでVだ(サンケイスポーツ)
  • 桐生オリオン座.....懐かしい
  • 調理完了!今宵はマヨネーズを使わない自家製ポテトサラダ、昨夜の角打ち再現春雨サラダ!ポークソテーにいい浸かり具合の鮪ヅケ!オリオンゼロでスタート!
  • オリオン通のお化け屋敷、27日まで延長!
  • オリオンツアー、スターエクスプレスなどの格安で乗れる高速バスの予約がインターネットでできて便利
  • オリオンジャズで、市ジャズの演奏をききに。 @ オリオン通りイベントスペースにタッチ!
  • うへえくそかわ…オリオンなぞる
  • 今日のスタンドを発現ッ! スタンド名「オートツイート・ナムコ・シコ」! オリオンを加速する能力! セリフ「キモいッ! キモいッ!」
  • 日本語だけで国際交流ができちゃうんです。そう、オリオンならね。 #opu #大阪府立大学 http://ameblo.jp/orion-fudai/
  • マーモット MARMOT オリオン パンツ テクニカルアルパインパンツとして作られたオリオンパ...
  • オリオンの生ビールお安くします!ぜひ遊びに来てください(・`д´・)
  • アサヒ の アサヒ オリオン夏いちばん 350ml缶 (沖縄県限定のビール) 350ML × 24缶 を Amazon でチェック!

 最後の2つだけがオリオンビールのことを言っていると思われます。なかなか出てこなくて大変でした。検索するタイミングにもよりますが、多くの場合、「オリオン」だけではビールのことは1割も出てこないのではないでしょうか。

 「オリオン座」を排除するために、「座」という字を含むツイートを除外しても、

  • 冬はオリオンで決まりってことで。当たったらなんかしてくれそうだよね?
  • 【初音ミク】夏の夜のオリオン【オリジナル曲】(5:03)
  • 〈譲〉画像参照(トーマ/ウキョウ/ケント/イッキ/オリオン)
     〈求〉シングッズ(画像優先)/薄桜鬼 斎藤関連(アムネ優先)
  • オリオンをなぞる
  •  ・・・

 という調子です。冬のオリオンが星座で、夏のオリオンならビールかと思いきや、そうでもありません。

 世の中、本当にいろんな「オリオン」がいますね。芸名、架空のキャラクタ、星座、星座に似たホクロ、競走馬、ぬいぐるみ、宇宙船、広場や商店街、道路名、映画館etc. 何のことを言ってるか、よく分からないものも散見されます。

 写真がなければ、どれが星座で、どれがアニキャラかもわからないものがあります。一言、「オリオン」とあるだけの場合、その前後の対話、本人のつぶやきの文脈や趣味、嗜好を知らないと曖昧なまま。ひょっとするとビールのことを言っている可能性もあるかもしれませんが、どうも上の例ではオリオンビールに言及したツイートは一つもないようです。

  • オリオン、うめーなぁ!
  • オリオンはコクがあるのに爽快なのど越し!

 ならばかなりの確率でビールのことを言っていると思われます。

 しかしながら、「うめー」が、アニキャラの定番の特技のことかもしれませんし、

  • オリオン、キレが良いな

 であってもビールの「コクとキレ」のことではなく、立ち居振る舞い、演武の腰のキレが良い、とほめている可能性があります。競走馬のコンディションが良いことを言っているかもしれません。

 さすがに、オリオンとビールの両方を含むツイートだけを検索すれば、ノイズは激減します。

 しかし、これでは、適合率Pは高められても、

  • やはりゴーヤチャンプルー食べながら飲むのはオリオンしかないよな

 みたいな、明示的に「ビール」という3文字を含まないツイートは全部落ちてしまい、再現率Rはかなり下がってしまうことになります。

 このほか、 botという文字列を含むユーザー名による発言は一律に落とす/採用する、とか、小売店の売り込みのつぶやきは消費者の声ではないのでお店のユーザーIDを丹念に収集(そのためにはプロフィールやつぶやき内容を読まねばなりません)・参照し、リストを作る、などの準備が必要です。

知識発見の前処理としてノイズ除去は重要

 昨年の物理学の大きな話題は、重力の源となるヒッグス粒子(場)の発見でした。そのためには、何兆回もの実験でデータを取り、ほとんどがノイズであるものを重ね合わせて差分から意味を読み取っていく、そのためのコンピュータプログラムを何百本と、何年もかけて作成してはデータを加工し、とことん自分を疑いつつ、どうしてもヒッグス粒子の振る舞いとしか説明できない現象(=シグナル)を何年もかけて浮かび上がらせる、という作業を大変優秀な物理学者たちが数百人がかりで取り組んだと聞きます。

 もっと身近な業務知識、未知のビジネス法則の発見のためにも、データを適切なツールによって眺めて絞り込み、構造化、再編成し、再び、不足データ、関連データを補充してから絞り込む、といったデータとの対話が必須です。すなわち、データと対話することが、インテリジェンスの発見、新知識の創造プロセスの勘所、本質であり、極めて重要なのであります。

 “目的志向、問題解決志向で、データ収集の上流段階から、その吟味、加工、構造化、見える化、そして、人の頭脳による分析に至るまで、「データと対話」し、「洞察」→「仮説発見(着想)」→「検証」→・・・というサイクルを繰り返し、必要に応じて前工程へとフィードバックをかける。これなくしては、無駄に大量データを購入させられたり、見当違いのデータをモニタリングし続けることになり、いくら洞察を得たくとも、その低品質なデータのままでは「無い袖は振れない」状態にとどまってしまいます。”

 この好循環サイクルに入る前に、「ノイズの除去」としか言いようのない、有用なデータの候補(のみ)に絞り込むという、前工程での地道な作業があることを今回、かなり実感していただけたのではないかと思います。この作業経験豊富な職人の技には大きな価値があり、本来無料のデータであっても、適合率P、再現率Rともに高レベルでかつ客観的、中立的に、消費者の本音を正しいネガポジ比率で集めるという専門的な作業には大きな価値があります。

タダになる知識…超一流大学の教材も今や無償公開

 さて前回、検索すれば誰でもアクセスできるようになった既存知識よりも、今後の経営判断を左右する新しい知見、新知識の素を含んでいるかもしれない生データの方が価値が高くなってきた、と書きました。

 「知識が安くなった」ことの象徴的なエピソードを補足しておきましょう。高度な知識の代表例として、大学や大学院の講義資料、教材を挙げるのに異論のある方は少なかろうと思います。私にとっては大変懐かしい米マサチューセッツ工科大学(MIT)が2001年に始めたOCW(オープンコースウェア)は、大学等で正規に提供された講義とその関連情報(教材)を、全世界の教員・学生・自学習者が自由に利用できるようにインターネット上で無償公開する活動です。「知」の分野での社会貢献を目的とするとともに、世界中に当該コースを提供する大学の評判を高め、質の高い学生を集める一助となる期待もあったことでしょう。

 MIT版の元祖OCWのデータフォーマットが公開され、日本でも10を超える数の有名大学で採用され、JOCWのような組織もできています。MITでOCWの広報担当を務めてこられた宮川繁教授(MIT Linguistics & Language; 2013年より東京大学教授を兼務)によれば、教材類の公開に先立ってビジネスモデルを散々検討・シミュレーションしたところ、コスト負担のためには寄付を募り、徐々に公開対象を広げて、いずれは全教材を無償公開へと持っていくのが最も財政的に好ましい、という結論になったそうです。

 日本の大学からのOCW提供コンテンツ数は2005年の153から拡大の一途をたどり、2013年初の段階で、3061となっています(JOCWのサイトより)。ただ、8割以上が日本語によるもので、英語版は489 (16%)。今後、英語コンテンツを量、質ともに充実させていくことによって、日本の大学を志す世界の学生が増え、国際競争力を増すことにつながるのではないでしょうか。

 本家MITのOCWを使って、貧しいアジア、アフリカ諸国の優秀で意欲的な若者が独力で極めて高度な知識を身に着けた例も多いと聞きます。いわゆる100ドルPCの類が人類に最も貢献するためのインフラ、コンテンツの1つが、OCWと言ってよいのではないでしょうか。

 OCWで公開されているのは、いわゆる主教材の資料だけではありません。試験問題やレポート課題、最近では、当初は対象外だった講義風景のビデオまで公開されるケースがあります。ここまで無償にして良いのか、年間4万ドルを超える授業料を払う学生が馬鹿を見るのではないかという心配に対しては、実際に生の授業で丁々発止の質疑応答に参加し、あたかも医者に「個別診断と処方箋」を受けるような体験ができること(MITでは90分で50回以上の質問が学生から出る光景や、世界的な研究者でもある教授がその場で答えに詰まって次回までの宿題にさせてもらう場面を目撃したことがあります)、そしてもちろん学位が得られることに授業料に見合う価値がある、とプライドを持っているように見受けられました。

 試験問題(とその解答)まで公開してしまうと、2度と同じ問題を使えないということにもなり、いきおい教員が毎年緊張して最新最適の課題を与える、という副次効果があったといいます。

 10年近く前、ブログが世に出て間もないころに慶応大学の國領二郎先生が、1つのブログのタイムラインに、教師も教室内の学生も、なぜか教室にいない学生も寄ってたかって書き込んで討論のような授業を進める様子を、当時私が主宰していたビジネスモデル学会ナレッジマネジメント研究会にて紹介してくれました。創発的な2度と再現できないような体験を共有することで活きた知識を摂取し、また知識創造に参加することで知識を生み出し操るための「メタ知識」を授けることに相当程度、成功していたように拝察しました。

スタンフォード発のコーセラは受講管理まで行う

 高等教育の歴史に大きな足跡を刻み、ブレイクスルーとなったOCWですが、2012年に西の米スタンフォード大学から営利団体として生まれたコーセラ(英名:Coursera)のe-ラーニングが最近、急速に勢力を増しています。世界中の多くの大学と協力し、それらの大学のコースのいくつかを無償でオンライン上に提供するところはOCWと共通していますが、オンライン受講管理・試験・修了までの仕組みが前面に出ています。無料お試し期間の後は、少額ながら「学費」を支払わねばならない点もOCWと違います。有償の分、ちゃんとテストを受けて採点してもらえたり、修了証をもらうことができます。

 コーセラは、発足して半年余りの2012年11月の時点で196カ国から190万人もの生徒が一つ以上の授業に登録。修了率は6〜7%とのことでした。現在(2014年8月31日時点)、907万人の受講生がいて、110の大学等から提供された744の講座の1つ以上を学んでいます。

 ためしに、本連載のテーマである“big data”と入れて、コースを選んでみましょう。日本の大学ではなかなか講座名自体にビッグデータを含む講義にはお目にかかれなさそうですが、4つのコースがヒットしました。

 米国コロンビア大、ワシントン大、インドのデリー工科大、そして、上海の復旦大から、次の講座が提供されています。

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 検索にはヒットしませんでしたが、コース説明に“Big Data”が出てくる講座は、他にもありました。たとえば、ジョンズ・ホプキンズ大学の「データ解析」です。

 これらのコースの教材を検索して、「データと対話」すべきことが語られているか、私も教師のはしくれとして精査したい欲求にかられます。ビッグデータの名を借りつつ、伝統的な統計学やデータベース理論を教育しているらしき大学もあれば、コロンビア大のように、知識発見のためのツールやモデルを活用して知識や推論についての教育にビッグデータを活用する、という実践的、自己説明的な講座もあるようです。

 「データと対話」、すなわち、データの中身を吟味するという試行錯誤から、分析方法、モデル化の方針にさえも影響を与え、軌道修正するようにフィードバックすべき、というあたりまで、コロンビア大のコースには含まれているかもしれません。もっとも、私が本連載で述べてきたようなデータとの対話については、現場でビッグデータの海に溺れそうになり、泥まみれになって格闘し、そこから叡智を昇華させようと呻吟したことのある人でないと、なかなか語れないだろう、と思います。ともあれ、どなたか、上記講座を受講してみて、このあたり、フィードバックしてくださるとうれしいです。

 講師のサイン入り修了証以上に、知識習得、実践の過程で得られた知見を社会で共有するという、いわば「ソーシャル・ラーニング」という仕組みにまで発展すれば、素晴らしいと思います。一方向的な授業になかった面白さを味わう「生徒」間の連帯が世界中に広がり、相互の対話を通じて、文字通り「生きた」教材がますます成長し続けていくだろう、と予想するのは楽観的に過ぎるでしょうか。

 以上、かつては何万ドルの支出と、一定以上の年限が必要だった高等教育の教材が無料、もしくは格安で提供され、誰でもその気になれば、簡単にアクセスでき、修了できるようになった、というお話でした。

 次回以降は「データとの対話」において、収集対象自体が事前に定義できず、少しずつ移ろいゆく場合にどのような試行錯誤や、検索のユーザーインタフェース(検索・絞り込みのパラダイム)が必要とされるかについて考えてみたいと思います。

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